お〜。
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帰省中に近所のカフェが閉店していたらしく、看板も外されていました。開店から1年と少し。多い時は週に1〜2度行っていたんですが、徐々に足が遠のき、2〜3週間ごぶさたしているうちにマスターは決断をされたようでした。近所の定食屋のママさんは「儲かるまで3年は我慢しなきゃなんないよねぇ。もったいない・・諦め早すぎるわ」とおっしゃっていましたが・・。カフェのマスターはインテリアや音楽(や音質)にこだわりのある物静かで知的なひとで、店をやるために脱サラしたらしいんですが、コンセプトには力が入っているのに、なんかご本人はシャイというか、「味」と「サービス」のどちらも少しずれているというか・・。例えば無意味なところで(おしぼりを置くときや水を注ぎ足すときに)「あ、すみませんっ」と丁寧すぎるほど仰るわりに、注文した品に時間がかかったり、後から来た客より遅くなった場合には謝罪や「お待たせしています、もう少ししたら出来ますので」などの説明も一切なしで、はじめて店に来たらしきカップルが長い間待たされてイライラしている様子にわたしまでハラハラしたことが何度かありました。マスターに悪気はなく、ただテンパっていただけなんでしょうけど。いっぽう、近所の定食屋のママさんはアネゴ肌で接客にむいている人なつっこい美女。ミョウガとシソの和え物や手づくりキムチを「これ食べてみて」と出してくれたりします。同じ時期にオープンした両店は、どちらも経営が厳しい様子だったものの、客としてはどっちの店がいいかと聞かれたら、おしゃれでもなく、店内は狭くて蚊も多く、おしぼりもセルフサービスでムード歌謡などがラジオから流れている、定食屋さんのほうでした。カフェではスタンプカードや新メニューの投入、雑貨販売などこまめに試行錯誤されていたのは分るんですが、しゃれた雰囲気より知的好奇心をくすぐるイベントより、たとえばおいしいオリジナルブレンドコーヒーやおいしいプリン。ホットケーキ。数は少なくていいから、そういうのがあれば通い続けたのになぁと思います。でも、やっぱり1年は短いっす。残念だなぁ・・と思っていたら、設備を残したままの店舗で、また別の方が近々お店をはじめるのだとか。ふーん、世の中は今日も動いているんですねぇ。
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朝から雨降りだった昨日、いつもの「くもりの日頭痛」で行動が鈍り、薄暗い室内でのろのろと過ごしておりました。たとえば実家の居間でパソコンをいじったりしていて、買い物や仕事帰りの家族が背後でスイッチを押して目の前が一瞬で「パッ」と明るくなるたびに、そこにあった世界を消されたような気がしてハッとなり、「わぁ、やめて〜」と抗議してしまいます。それほど「アンチ蛍光灯」なんですが、仕事上、色が分りにくくなるのはまずいので、電球色で過ごすこともできず・・・。で、暗い日もできるだけ自然光で我慢して電気をつけるのを先延ばしにしているわけなんですが、昨日は頭痛もあったので、電気をつけることとバファリンを飲むのと両方我慢していました。で、そんな状態の中、描いた4コマ。色鉛筆がいつものねずみ色ではなく、焦茶色のものだと途中で判明したんですが、モノクロなので分らないからまぁいっかぁ。しかしやはり、暗い中で作業するのはあぶないです。
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今日、クレジットカードの決済日で、医療保険の引き落としも重なるため朝9時に郵便局へ入金に行ったところ長蛇の列ができていました。定額・定期貯金の新規申し込みの特典が、カラフルなポスト型貯金箱から、「ちゃんこダイニング若」特製の、しぶい色合いの陶製ぺアマグにかわったんだなぁと思いつつ、順番がまわって来たのは9時5分。しかし、記帳ずみの通帳を見ると、わたしの入金より早く、本日付けで保険料はとうに引き落とされていました。たぶん、クレジット会社も引き落とそうとしたのでしょうが、残高不足で出来なかったのでしょう。月末(それも月曜日)の場合、せめて午後イチの引き落としにしてくれたらいいのに。昔、友人が免許をとるために通っていた教習所で、教官を助手席に乗せて運転の講習を受ける際、「わたしがブレーキを踏む前に先生がブレーキを踏んでしまうの。それも今、今まさに、わたしも踏むところなんですよっていうタイミングで。く、くやしいっ」とこぼしていたのを思い出します。デザイン仕事の〆切で多いのは金曜日と月曜日なんですが、だいたい月曜日の場合、「午前中UP」と約束することも多く、午前中っていったら、10〜11時ころと相場が(わたしの中では)決まっているんですけどねぇ。宅配便の午前中指定でも、まれに8時半〜9時に届くこともあるものの、たいてい11時ごろだし。・・と、ぶつくさ言っておりますが、こういう用件でもない限り駅前のカフェでモーニングを食べることもないので、まぁ、ちょっとしたイベントになりました。
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デパートのタオル売り場のワゴンセールが好きです(というか、セール時以外の定価ではとても手が出せないのです)。そこでつい買ってしまうのがきれいな色の便座カバーでして、U型、O型、特殊O型などいろいろあり、自分のトイレ用の型で、かつ装着方法が自分好みのものを間違えないで買えるようになるまで結構失敗がありましたがもう大丈夫。で、便座カバーはもう多めに持っているので先日、ワゴンセールを見つけて久しぶりに奮発してトイレマットを買ったところ・・帰宅して愕然。窪みの形が便器にまったく合っておらず、月の輪グマの胸元みたいな形の隙間ができるのです。しかもドアが内開きのため、開閉時に引っ掛かって、毛足の長いマットがドアストッパーみたいになってしまいます。しゃれたマットを折り畳んで使っているので柄も台無し・・。こういうのって、悔しいもんです。なんだかトイレの話に終始してしまいました・・・
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2つ隣の県の歴史民俗博物館へ行ってきました。土器や埴輪など出土品が並んでいる時代を過ぎて、たぶん律令国家の成立あたりから、史・資料というより業者さん製作のジオラマがメインになり、縮尺模型やらボタンを押すと該当地区が緑や赤に点滅するしかけや、映画村のように町並みを再現したコーナーなど、かさばる展示のわりに少ない情報量の内容になっていて・・・。展示物の前に、重量感のあるステンレスのオブジェ(駅前などによくある記念碑のような)があって、そこに展示内容の説明(数十文字)を刻んでいる意味不明さや、地方の祭りを紹介するジオラマのところで、一体だけ商店街のブティックなどで結構見かける「顔も髪も肌もグレー一色のつるんとした外国人マネキン」が法被+はちまき姿で混じっているなど、箱モノならではのふしぎな違和感満載。色々と展示に無駄はありそうなのに、閉館時間が来たとたんに一刻の猶予も許さぬ様子で係の人たちに退場をうながされたり・・・石器時代からはじまって、最後、昭和30年代の「ラーメン博物館」風のジオラマにいたるまで、広い敷地内を2時間以上歩かないと出口に辿り着かないので、足裏がじんじんしました。無駄に広い、遠い、疲れた〜、と文句ばかり口をついて出たのですが、博物館の広大な土地は城址でもありその後は兵営地で、多くの若者がそこから戦地へ飛び立ったのだと、蝉時雨のなか、長いスロープの跡地看板を見て知りました。
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最近4コマの色調(コントラスト)が日によってムラが出ているようで、ぼけていたり、くっきりしすぎていたりします。手描きの段階では同じ濃さに仕上がっているのに、スキャンしてフォトショップで汚れ等をとって、色調をととのえる時点で明るくし過ぎたり濃くなり過ぎたりしてしまうようで。
同じように味噌汁や炒めもの、煮物などを作っても薄すぎたり塩辛かったり、料理の味付けも不安定な今日この頃。というか、店で食べるものがかなり「しょっぱい」ことが多いので、自分のさじ加減ではなく舌がどうにかなっているのか分りませんが。しかし「甘さ」には寛容で、レディーボーデンのバニラにチョコクランチをかけたものとクッキーサンドをひとつに合体させた夢のようなアイスがあるんですが、それを食べながらいつも「クッキーの部分が甘い、なんぼなんでも甘すぎる〜」と言いながら、この夏もう何箱も買い足しております。しかしこう暑いと、乳脂肪分の多いものより、かき氷系だよなってことで、昨日「みぞれ宇治金時」を買いました。やはり何もかも暑さのせいということで、まぁいっかぁ。
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『ムーミン谷の彗星』を久しぶりに読んで、スナフキンの柔軟でいさぎよい生き方に感心しました。宝石のガーネットが落ちていても持ち帰ろうとせず、「なんでも自分のものにしてもちかえろうとするとむずかしいものなんだよ。ぼくは見るだけにしているんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中にしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんを持ち歩くよりもずっとたのしいね」と言うし、売店でズボンを買おうと試着してみたときも、おびえたように断念するのです、「持ち物をふやすというのは、ほんとうにおそろしいことですね」と・・・。
ムーミン全集を読みかえしているのは、近々古書店に引き取ってもらうため。他にも、十年以上前から洋書店で買い集めてきた絵本やビジュアルブックもいくつか売ることにしました。身の回りの書類を整理していて、棚の奥や押入れのダンボールの中に眠っている本たちに気づいたのです。すべて気に入っていて、よい本ばかりなのに、でも実際には日々の暮らしの中で、何年も忘れていたのでした。仕事でイメージを求めて開く本はいつもだいたい同じで、そういう本はボロボロになっているんですが、自分にとってほんとうに大切なように思える本ほど、ほとんど触っていないのでした。ムーミン童話だって、実のところ、ムーミン谷の彗星ばかり繰り返し読んで、結局全集のうちの2巻くらいまでしか読んでいなかったし・・・。今、手放すと決めてはじめてちゃんと読んでいます。これらのジャンルを専門に扱う古書店さんに預けたら、どの本も必要とするひとにきっと届くでしょう。そう思って読み始めたら、スナフキンが上記のようなことを話していたのでした。そしてまたいつか古書店で手放した本と同じものたちに出会ったら、わたしは「いいなぁ欲しいなぁ」と思うはず。でも、自分が持っていたら、しまいこんでしまって、本当の意味で自分のものにならない。
ちなみに、彗星衝突の日、ムーミンたちは、洞窟に避難するとき、それぞれの持ち物を「なくしてもくらせる・・☆」「ただ好きなだけ・・☆☆」「好きでたまらない・・・☆☆☆」に分けることになるんですが、スナフキンの☆三つはハーモニカだけでした。それ以来考えているんですが・・・わたしにとっての☆三つはなんだろうな、と・・・
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母の話はいつも4割5割増しが当たり前。「お兄ちゃん夫婦がぜひ遊びに来て泊ってほしい~って」と何度も言うので訪ねてみたら「なんかうちに泊まりたいとkumが言ってるっておふくろから聞いたけど、泊るんやったらいつでも泊ってええよ」というニュアンスだったり・・・
先日も、「取引先のひとが、kumちゃんにぜひ会ってみたい、作品をみたいし、何かお願いできそうならぜひと言ってはるよ。どうしても会いたいらしいから、悪いけど新幹線で何日の何時に作品ファイルを持ってきて会ってあげて」との母経由情報につられてホテルのラウンジまで出かけてみると、「あ・・・ああ、今日はなんだかわざわざ来ていただいたようで。とくに何かお話があるというわけでもないんですが、まぁ今後なにかあるようでしたら」と、気まずく名刺交換したのみ・・・・夜なべして作成した作品ファイルは最後までバッグの中・・・
世間の誰もわたしのことを噂していないのに、母の手にかかると、「○○さんがkumちゃん元気かな~」って言ってたり「kumちゃんとまたぜひ会いたいって」と懇願されたりする「設定」になってしまう・・・母マジックですね。そんな母にだんだん似てくる自分がこわい。
しかしそんな母が時々くれるメールや手紙の文面が、結構「泣ける」内容だったりして、母の不在時に実家に行って「夏物パジャマ」とか「大切にしたい思い出」とかいう収納ケースに貼られた手描きの札にうるっと来たり。「4割増し母」と「感動の母」キャラ、ふたつの顔を持つ女・・・クラスメイトだったら友だちにならないタイプですが、母という設定で関っているのでまぁ、面白いひとがいるなと思うことにして。まぁ、いずれにせよ、わたしとは違って友達も多くてアクティブだし、笑顔がかわいくてけなげ。なんか思い出の中ではいつもキラキラ。得なひとだなぁ・・・
ずいぶん更新ペースが乱れてきたんですが、これでいろは4コマ⑧が終わりました。
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再々のピンチ、「画面がもわもわとモアレになって、最後に黒くなって(いつも同じ部分だけが白く残る)どのキーを押してもうんともすんとも言わなくなる状態」で、ひと晩と午前中使用不可能だったパソコン。最後の手段、リカバリーに踏み切ったもののそれすら作動せず・・・いつも以上に反応が悪い(いいも悪いも、無反応なのですが)ため、さすがに今回こそはダメかとあきらめていたんですが・・・
さきほど、9~10度目の起動挑戦でうまく作動し、システムの復元もできました。またそのうち画面が暗闇に陥るでしょうが、「時間を置いて頑張ればなんとかなる」という度重なる経験が、新たなノートパソコンを買わねば・・という気持ちの芽を引っこ抜いていきます。
これも再々書いたかもしれませんが、子どもの頃から使っているスヌーピーのタオルケット、数箇所穴があいて、全体的に生地が薄くなっているんですが、昨日突発的にやってきた腰痛で横になるときに、折りたたんで腿の間にはさみ、クッションの代役を立派につとめたのでした。こうなるともう、墓場まで、てな気分です。
このノートパソコンも、数々の苦楽をともにしたせいか、爆弾を抱えている状態なれど見捨てることはできません。壊れてもお盆として使うなり、画面に鏡を貼り付けて鏡台にするなり、定年後の処遇もおいおい考えねば。
はにほさんとの付き合いも5年目。しかし、わたしの身の回りの靴や服、ストーブなどの年季の入り具合に比べれば、まだまだ・・・
さて、あと「ん」を描いて、いろは4コマの⑧も終わりです。
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はす向かいの家の取り壊しがはじまったようで、今朝は地響きで起きました。ドリルの音と振動が下から上からきます。最初、地震かと思ったんですが、むしろ、プロレスの技をかけられたときのマットのように、どん、どどん、と床がわななきます。
このあいだ観た、ミッキーローク主演の『レスラー』。ホコリっぽさやほのかな黴臭さ、生臭いにおい、布団の湿気などがしっかり伝わってきそうな映画でした。かつての、華奢でセクシーな二枚目と騒がれた頃のミッキーロークの面影はまったくないのに、穴があいて綿がのぞいているダウンベストの背中の厚みがカッコよくて、なんだか後姿に(レスラーと役者本人両方の)人生そのものとプライドがつまっているようで・・・ファンにサービスする姿や、同業の仲間と話す態度、リング上の動きなど一挙一動から目が離せず、そういえば、子どもの頃に憧れた大人ってこんなひとだったよな・・とぼんやり思い出したりして。現に映画でも、近所の子供たちが世間から(一部のファンを除いて)見放されたような彼を慕いまとわりつき、時にあわれみを感じつつ気遣う様子がうかがえました。
レイモンド・ブリッグズの絵本『さむがりやのサンタ』のおじさん(出勤までの自宅での様子や煙突に文句を言ったり配達先で洋酒を飲んだりする)や『じゃりんこチエ』のテツのような、かつて親しみを覚えた大人に、老いてなお黙々と身体を鍛えて試合に挑み、静かにトレーラーハウスで暮らし、スーパーでのバイトに励むレスラーの姿はどこか似ていました。あ~・・生きるってのは、年をとるっていうのはこういうことか・・と両手をグーにして見入ってしまいました。
映画好きの蛭子能収さんも、その『レスラー』をご自身のブログで星4つ(かぎりなく5に近い)の好評価。そのエビスさん、ブログで見るとご自宅はおしゃれな洋風のインテリアで統一されているようで・・・雑誌から抜け出たような空間で肌着姿のエビスさんがうつろな顔でガリガリ君を食べているんです・・。意外なとり合わせなんですが、その、つるぴかの部屋に5本指ソックスのエビスさん(フローリングにペタンと座っている・・)、という暮らしぶり自体がマンガみたいで面白いです。
*本日の4コマに登場する漫画家・中田シローは仮名ですが・・すみません。
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毎日毎日レース、リボン、ハート、水玉、花柄・・・仕事で、女の子向けのかわいい雑貨の資料を見たり、そのようなデザインを作ることも多いせいか・・・かわいいもの全般に胸焼けをおぼえています。
雑貨屋めぐりとかわが家のお気に入りコーナーづくりとか、乙女旅とかカフェでまったり・・・とか、そういう世界からはもう、自分がかけ離れた場所に来てしまったのかもしれません。
今、「虫コナーズ」という虫除けグッズのCMソングが好きでして、ぶ~らぶら~させてぶらさげて~・・という、かつてのアイドルユニットWinkを彷彿とさせるおばさんの踊りと歌が絶妙ですが、実家で口ずさむと姉が一緒に踊ってくれました。なんか、姉にもおばちゃん(タレントさんでしょうが)の姿にもホッとします。
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近所の定食屋さんが評判を呼んで、最近ネットの口コミランキングなどにも載っているそうで、店のおかみさんによると、東京から食通(B級グルメ)の業界人(芸能関係者)がわざわざ地図をたよりにやってきたこともあるようです。
そのお店、電波状況が悪いらしく、最大限のばしたアンテナにかろうじて入る局のムード歌謡特集とかエクササイズ(ワンツーワンツー、アップ、アップのようなかけ声)のラジオ番組がいつもかかっているのが「ふふっ」なところで、料理はどれもおいしいにはおいしいけど、わざわざ遠方からやってくるほど特別な何かがあるんだろうか・・・と。
数年前に買った、小坂俊史さんと重野なおきさん両名による4コマ&短編漫画集『ふたりごと自由帳』(芳文社)の中に、小坂さんの「女子旅に出る♯1」という、わずか4ページの話があります。その女性は、はじめての土地(他県も)へぷらっと行っては、小さな買い物をしたり、マックで本を読んだりと、知らぬ町での「日常を仮体験」して帰ってくるのです。現地の書店で買うのはいつも中勘助の『銀の匙』。もう29冊も、同じ背表紙が彼女の部屋には並んでいます。「安心するんだよ いろんな場所で普通の生活をしてみると 私はどこへ行ってもやっていけるような気がしてさ」と彼女。なんとなく、この話がわたしは好きでして。
見知らぬ町といっても、マクドナルドと書店が駅からそう遠くない場所にある・・となると、どの県でも、案外違いはないのかもしれません。どの町も、駅前に違法駐輪のシールを貼られた自転車が並んでいてサラ金や美容室のティッシュを配っていて・・・・わたしの暮す町もそんなひとつでしょう、マックじゃなくてロッテリアしかないけど。だから、小坂さんのマンガの女子旅のように、遠方からうちの近所の「結構普通の定食屋さん」にわざわざ来るひとがいても不思議ではないのかもしれません。
ちなみに、本日の4コマの、おじさんについて話していた地元中学生か高校生だかは、同じテンションで、その後「地デジカ」の話題をしていました。
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裏の犬はいったい何を主張したいのやら。毎日まいにち、天下をとったような吠えっぷりに、うらやましくなるほどです。
わたしなんて、大声を出すこともなく、せいぜいアナウンサーの鼻にかかった声やコメンテーターのとってつけたような物言いにケチをつける程度なのに・・・。
今、朝日新聞で連載中の『悩みのるつぼ』という人生相談の、車谷長吉さんの回答が面白いです。面白い・・といっても叱られているような気になる文章なんですが、車谷さんの言葉には「どすっ」と突き刺さるような鈍い痛みに似た衝撃があります。
就職難や禁断の恋など、「お悩み」はだいたいよくある(それとなく共感できる範疇の)内容なのですが、それに対し、「不運を嘆くというのは虫のいい考えです。考えが甘いのです。覚悟がないのです。この世の苦みを知ったところから真の人生は始まるのです」と返す車谷さん。「私は己の幸福の上にふんぞり返って生きている人を、たくさん知っています。そういう人を羨ましいと思ったことは一度もありません。己の不運を知る事はありがたいことです」とも。蓄膿症を抱えて生きる自身と弟さんの半生や、人妻との関係など、ひけらかすでもなく淡々と書き、「読み物」として引き込まれて「続き」が読みたいほど。
さて、そろそろ犬が吠える時間が近付いてきたのに、今日は静かです。それはそれで、ちょっと物足りないような・・・
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楽天の中村紀の不調が続いている様子です。乗り越えて欲しい。わたしも、ここ半月ほど、思わく通りにならないことが多々あり眉間のしわが深くなる一方なので、ノリへの期待と絶望と祈りに近い思いが入り混じってしまうんでしょうが・・・
近ごろ気に入っている小田扉さんの『団地ともお』。思い通りにことが運ばず、くよくよ、イライラ、うじうじする小学生(単身赴任中の父親と遊ぶ予定だった日に仕事の都合でキャンセルされたり、新しい自転車が届くことを友人に自慢していたら足を怪我したり、塾を増やすと一緒に遊べなくなる・・と悩んでいることに当の友人らは無関心で、足を捻挫していることにも誰も気づいてくれない・・・など)や、同じく思い通りにコトが運ばない大人たちの結構深刻な事情や孤独、葛藤が描かれているのに、なんかおかしくて外で読んでいても顔がにやけるのをおさえられません。
そういえば、子ども時代はいつも疎外感を覚えたりなにかあるとすぐ拗ねていたもんです。大人になった今、疎外感は自意識過剰から来るもので、思い通りにならないのは図々しい期待をする自分が甘いのだと分かるだけに、自己嫌悪に陥るのが関の山ですが、ともおたちは拗ねてお腹すかして寝て忘れる・・というパターンで日々たくましく暮している様子。病気や死、老い、家庭不和もごく当たりまえに存在するという描き方で、なんかじわじわと「日常力」のようなものを感じます。ユンケルみたいな栄養ドリンクの即効性ではなく、養命酒や生姜番茶を毎日飲み続けるような効き目というか・・・じわじわ、ぽかぽか。
いましろたかしさんのエッセイの帯にある「死ぬまで生きる。それしかない」という文字も、毎日眺めているところです。というのは畳の上に置きっぱなしで目に入るというだけなんですけど。
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時間帯にもよりますが、新幹線が動き出してしばらくすると、カチャ、カチャ、と缶ビールのプルトップを上げる音があちこちから聞こえるのが結構好きです。
午後の便だと、ほとんどの乗客が寝ているらしく、名古屋までの間、無風空間のように静かになり、頭や足が通路にはみだすひとがいたり、乗車3~4回に一度くらいの割合で乳児・幼児が前後付近の席にいて、うぎゃ~と泣き出したり、席に立ってこちらをじ~っと見たりしていますが、いずれも新幹線車内の恒例風景かと。
車内販売のワゴンを押す女性の、ストッキングの厚みが統一されているのか、ふくらはぎのあたりで白く透けているのを、いつもチラッと見てしまいます。葬式で着用するものよりは分厚いんですが、タイツよりは薄いようで・・・
コーヒーを注文しているひとを見て、いつもちょっとうらやましくなります。
あとは富士山や野立て看板。ビール工場。ひかりに乗っているからこそゆっくり堪能できる景色を各ポイントでスタンプラリーのように楽しんでいます。
一回一万円強かかる乗車ですから、寝ててしまってはもったいない。と思いつつまた気づいたらうとうと・・・
そんなこんなで、あと数日でまた関東に戻ります。4コマはまた来週にでも。
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横浜球場でのセパ交流戦(横浜対楽天)を見て来ました。その日の試合は楽天のサヨナラ負け。横浜の工藤投手の完璧なピッチングを生で見られて満足な反面、楽天のピッチャーの継投に唖然とさせられ、ぽや~ん、とした結末でした。
近鉄時代、ぶんぶんバットを振って「三振かホームラン」という豪快さと、心に傷を負った子どもたちを試合に招待して座席に現れた姿が印象的だった中村紀洋選手。「ノリ」と親しげにテレビ画面に向かって呼べるスターの彼が、紆余曲折を経て中日で二年過ごして、今季から楽天に移籍したというので楽しみにしていたのですが・・・打率2割代が続くなか、その日も守備以外では見せ場なしでした。
横浜球場での交流戦を楽天側の外野席で観るのは今年で二回目。ファンや応援団がほのぼのと穏やかで、いちげん客が混じっても拒絶されない自由さがあります。チューハイを何杯も飲んではしょっちゅうトイレに行くおじさんや可憐なOLさん(楽天タオルマフラーが肩に)、『相棒』出演の六角精児さん似のひとなどいろんな「お一人様」がいてある種、ドトールにいるような密度でかつ人目を気にしなくてよい状態といいましょうか・・・。チームのチャンステーマ曲「杜の都の牛タンパワー。わっしょいわっしょい♪」の歌と手拍子も楽しくて癖になります。
観戦当日に出なかった、ノリの決勝タイムリーが2日後の対中日戦で出たというニュースにホッとしましたが、その後の試合ではまた、野村監督の言うようにチーム全体が「楽天饅頭が製造過多」(スコアに0が並ぶことかと・・)で、中村紀も期待通りに活躍できず・・・。そんな、思い通りにならないところも含めて味があり、チームからもノリからも、目がはなせません。
さて、少し前、4コマ読者の方から、「はにほさんは2割くらいの打率でグサッと刺さる作品がありますので・・」というメールをいただきました。2割・・・ノリの打率より低いものの楽天の眠れる主砲・セギノールの打率より高い数字。しかし・・・そもそも4コマって、ヒットがどれなのか分からないんで打率の上げようがないですが、これ以上打率が減らないように気をつけます・・・
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松本清張の短編を読み返したくなって、あちこちからかき集めてみると、それぞれの文庫で収録作品が微妙にかぶってしまって、これじゃなくてあれが入っていればいいのに・・ともやもやします。この現象は水木しげる作品、とくに「ゲゲゲの鬼太郎」を読もうとしても起こることですが・・・う~ん。
ちょっと違う例えなんですが、海外の免税店あたりで、5~6個同じ形で柄違いのポーチが1セットになっている「土産好適品」のワゴンがあったとします。友人や仕事関係に配ろうと、その中の1セットを買おうとするとします。すると、よさげな色合いや柄のセットはどれかなと探すうち、ブルー系やピンク系、ベージュ系などいろんな色柄の組み合わせのセットがあるものの、どのセットにも必ずひとつだけ、どうしても欲しくない変な柄や色合いのものが絶対に混じっている、ことに気づくんです。袋を勝手にあけて気に入ったものだけを自分で組み合わせなおしたい衝動にかられるも、店のひとにはぴしゃりと「No!」と断られる無念・・・。あるいは、どんなに好きな歌手のアルバムでも、1曲だけ異色で、とりあえずその曲がはじまると「早く終わらないかな」と思ってしまうものが入っていたりする、あの感じ。なんか例えがねじれてしまったんですが、10代の頃、音楽のベストテープを作ったように、今、清張コレクションも自分で思いのままに編集し直したいなぁ・・という話でした。
先日来の頭痛はおさまりました。
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曇り(のち晴れの予報)の日にやって来る頭痛。ここ一週間で3回やってきました。
う~・・・・
しかし、バファリン服用で得た梅雨の晴れ間のような「頭痛なし時間」に、映画『グラン・トリノ』を観ることができました。クリントイーストウッド演じる偏屈なおじさん(朝鮮戦争従軍時の罪悪感から心を閉ざし、実の息子たちとも関係がぎくしゃくしている主人公。妻を亡くしてからもひとり、治安が悪化しつつある地域で暮らし、テラスで缶ビールを飲み続けている)が、隣に越してきたアジア系移民家族の騒々しさに最初は眉をひそめるも、やがて安らぎを覚えるようになり、ほのぼのした交流をはじめる一方で、大きなトラブルにも介入することになるのですが・・・隣家の寡黙な少年に対して世話を焼き、特に就職を斡旋するにあたって「他人との会話・コミュニケーション」の仕方をレクチャーするシーンが印象的でした。
評判は雑誌やネットで見聞きしていたものの、「いつか機会があれば・・」程度だったのですが、先日従姉妹の映画評ブログで「おすすめ」として紹介されている文章をみて、「行こう!」と即決。お金をかけた広告の宣伝文句より、利害のない立場にいるひとのなにげない言葉のほうに背中を押されるもんですね。
映画の余韻を味わいながら機嫌よく帰宅したものの、翌朝からまだ痛みに襲われ・・・そんな日に限って近所の犬がひどく吠え、カラスの大合唱のうえに隣の庭で何かを打ち付ける日曜大工の音が・・・
外がうるさいので気分転換にテレビをつけたところ、お昼の番組『ごきげんよう』の小堺さんの「なにがでるかな」という歌声と会場の拍手に・・・普段ならどうってことないんですが、バケツ一杯の画鋲を空から落とされるような痛みを感じました。
もうこうなったら祈るしかありません・・・頭痛、とんでけ~
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近所の喫茶店に、近所の奥様のてづくり焼き菓子が並ぶようになって一ヶ月ちょっと。
ラッピングされたマフィン類がカゴに積んであるのを会計のときに見つけて、「あ~かわいいですねぇ」と声をかけたのがすべてのはじまりでした。ケーキの説明と共に、「どうぞ・・・試食してみてください」と切り分けたものを出され、「じゃ、これとこれを買って帰ろっかなぁ~」とほんのお試し感覚だったのですが、次から店へ行くたび、「お菓子、今日も入荷していますよ」とすすめられ、見えているっちゅうに・・・と心でつぶやきつつ、「わぁ~、どうしよっかな~、今日は家にもお菓子があるんで重なってしまうかも・・・」などと言い訳を口にしてその場を切り抜けるか、「おお、じゃ、今日はこの黒豆を食べてみようかなぁ」とひとつふたつ選ぶかのどちらかの道しかありません・・・・
てづくりケーキは、普通においしいのですが、どうも飾り用の砂糖(ヤマザキのうずまきパンにかかっているのに似ている)が甘いのと、いろんなトッピングをしすぎて複雑な食感がどうも・・・。ラッピングもかわいくキラキラしているんですが、むしろ、近所の奥様のてづくりというのが売りなら、そっけなくアルミホイルやグラシンシートに包んであったほうがおふくろ感が出てリアルなのになぁ・・などと偉そうに思うんですがそれはいつも心の中でのことでして。
ついに先日は、頭が痛いこともあって、すすめられた商品のことを「気に留めている余裕がない」という態度で店を出て買うのを逃れました・・いや、逃れましたってのはちょっと・・・ごめんなさい。今までも、喫茶店のマスターからJazzCDだのコーヒー豆だのをしょっちゅうすすめられるようになったり、「しばらく来なかったけどどうしてたの。最近仕事は?」などと日常を把握されるようになって足が遠のくというパターンが多かったのですが・・ここへ来てまた、恐怖の常連病を発症する日は近いのかもしれません。舟歌風にいいますと、マスターは無口な・・ひとがいい~
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先日、日が暮れてから最寄り駅に帰って来て駅前広場を歩き出してすぐ、いつもはそこに「ない」ものが出現していました。
それは、易者さん。小さな机の上に「易」と書かれた行灯を置いて座るスーツの男性が・・・
仕事をはじめたばかりなのか、わたしたち通行人が通るときに「なんでここにこういうひとが?」という視線を受けながら、しかし宙を見つめ背筋を伸ばして、耐えておられたように見えました。普段、弾き語りなどの路上ライブをしている青年がいるような、電車が到着するたび多くの人が通る、エレベーターと階段への唯一の道なので、そこを選ぶのは理屈的には正解だとしても、客の立場になったら、ひとがバタバタ通るところでじろじろ見られながら占ってほしくないなぁ・・・
京都の先斗町の一角に座っている占い師さんは、長年同じところに座っているのが「なんとなく」見えているけど、気配だけがそこにあって、風景としてなじんでいて、で、自分にわだかまりとか気になっていることがあったときに、「あ、あそこに占いのひと、いたな」とぼや~っと思い出したことがあります。密室での占いより通りで見てもらうほうが「勧誘」などされずに済むかなという安心感もあって、もう何年も前ですが友人とともに挑戦したところ・・・占いの内容自体は、さほどどうってことないんですが、暗いところなので、席を立って手を持ち上げられて、懐中電灯を手のひらにあてられて手相を執拗に見られる様子が、洞窟の壁面に刻まれた宝の地図を探すような感じというか・・・それと占い師の女性の無表情っぷりが印象的でした。
最寄り駅の新顔の易者さんがいつまであそこでひとを待っているか、客は来るのか、今後ちょっとだけ気にしてみますぅ。
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朝起きたら二の腕と太腿が痛くて、天井を見上げると肩から首にかけて「みしっ」と音がします。
昨日、品川神社で開催された手づくり市に参加してきました。木陰で湿った土のにおいを吸ったり、品川富士に登山(30秒で登頂)して、花粉症明けマスクなしというのもあって、久々の「外気」を満喫できました。
はにほブースに立ち寄ってくださった皆さま、暑い中ありがとうございました。ネットの向こうに、現実に生身のひとが存在するんだなと思うと不思議で面白いです。はにほさんや、「山田君よ聞きたまえ」がなければお話することもなかったでしょうに・・・
それにしても、旅行用のキャスターバッグ(マンガ冊子やカードなどをつめこんだもの)と帆布トートバッグ(立体陶土作品)、そして布団収納棚(展示台として使用)を二台、運ぶのがこんなにハードだとは。階段より、改札機を通る(荷物を抱えながらsuicaをタッチさせる)方がキツかった・・。虫除けスプレーや日傘、おつり用に両替した硬貨など、想定外のものが重くなったためデジカメ持参を諦めたのと、携帯カメラで写真を上手く撮れないので当日の会場写真がありません。その代り会場で買ったkinafuさんの麻ミニバッグ(手のひらサイズ)を撮ってみました。
昨日、何度もひとりではにほさんを見に来ていた女の子が最後に母親を連れてきて、「どれが欲しいの、本当に大事にできるの?本当に欲しいなら買いなさい。でも本当に欲しいの?」と何度も問われるうち、もじもじしながらはにほさんを指差していたちいさな指先が丸くなってグーになって・・・とうとう買わずにさようなら・・・だった光景が心に残りました。女の子だけしかいなかったとき、彼女が欲しがっていた800円のはにほさんを値引きしたり、本当はそのままこっそりあげてもよかったんですが、軽率にそういうことはしないほうがいいと思って。それは大人になったからこそ分かったことかもしれませんが・・。
会場で天然酵母のどっしりしたパンをいくつか買ったりゴミを持ち帰ったりしたせいか、行きより帰りの方が重くなってしまいました。片付けの頃に来てくれた従姉妹に荷物を半分持ってもらわなかったら、神社の石段を下りることもできませんでした。ひとりでは無力だと思い知った一日でした。
*コメント欄、ひさしぶりに開けてみました。感想など、よければお聞かせください。
連休中、人ごみに出かける用があったのでマスクを装着して行ったところ、電車でもショッピングモールでも、マスク人口の少ないこと・・・インフルエンザについての報道と現実のこのギャップはなんでしょう。
歩きつかれてお茶を飲もうにも行列が出来ている状態で、どうしたもんかなと思っていたら献血車(バス)を見つけ、そこだけ人ごみがモーゼの海を割る奇跡のような状態になっていたので久しぶりに献血を思い立ったのですが・・・・
その日のわたしは血液の比重が足りず、他人に血を分けている場合ではないということで断られてバスを降りることに。疲れたからといって、昼ごはんも食べていない人間が「ベッドで休憩がてら献血をしよう」というのに無理があったのでした、反省です。
そういえば、問診のあと採血して検査をする間、向かい合った看護士さんに「そのマスクは新型インフルエンザ防止のため?」ときかれたので「それもありつつ、あと、ちょっと花粉症がまだ長引いているような気もして」とこたえると、「だよねぇ。花粉、ピーク過ぎても辛い気持ち、分かるわぁ。わたしの友達もそういうひといる、いる。ブタクサとかイネ科とかね」と言われたものの、それなのに、「じゃ、いろんな意味で予防的なマスクということで、熱もない、と。ということはぁ・・たとえば口の端が切れて血が出ているのを隠したりしているとかでもないよね?」と駄目押しをされました。マスク効果?で話、尽きず・・・。
バスの中で献血をしていたのは20代~30代くらいの男性やデコ携帯片手のギャルなど。いつも思うんですけど、最近の若い人は無気力で・・とか奇抜な格好して・・などと言われる割には、席をゆずったり道をきかれて立ち止まったりしているのは、良識ある大人風のひとより若いひとの場合が、わたしの目撃数では圧倒的に多いです。
ゴールデンウィーク最終日。今日は久しぶりに小説を読もうかと。池永陽さんの『珈琲屋の人々』、タイトルだけで、なんかいい時間になりそうな気配です。お供にコーヒーとクッキーあたりが欲しいところですが、手元にないので割れせんべいで。
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どうも最近、手芸用品や文具、画材などを扱っているお店「ユザワヤ」の名前がとっさに出てこないんです。「ちょっとこの後、○○○○に寄って帰るわ」だとか、「ああ、それならわたしが近所の○○○○で買って行こうか?」などと口にしようとして、あの編み物する羊のマークと赤と黒の袋の画像は浮かぶのに・・・・つい、「シモジマ」(ちょっと似たような品揃えの店でもあるので)とか「しまむら」(シモジマから派生して)、あるいは「○○○ヤ」だとおぼろげに思い出すときなどは、「づぼらや」(大阪のふぐの店)などと喉元まで出そうになるものの、「違うな」というのだけ分かって悶々とするのです。
昔、俳優の神山繁さんのことを家族に説明しようとして、その都度、顔だけははっきり分かるのに名前が出てこず、かわりに「目川探偵」(関西では有名な探偵さんで選挙ポスターより顔のアップ度が高い)のポスターが頭に浮かんで離れず、もう諦めて神山さんのことを目川探偵と呼んでいたために、最終的にそういういきさつが記憶のフックになって神山繁というお名前を心に刻んだ経験があるのですが、神山さんをクリアしたあとわたしに訪れた難問で、今も克服できずにいるのが俳優の長塚京三さんなのであります。CMやドラマ、映画によく出ておられて顔はよくよく知っているし、知り合いのような親しみを覚えているくせに、ひとに話そうとすると「蟹江敬三・・ではなくてぇ・・・」と混乱してしまうお名前です。実はこの話を書くにあたり、例えとして出そうとした長塚さんのお名前が出てこず、そういや過去に「いろは4コマ②」でそういうネタを書いたよな、と思い出し、その自作4コマを探してお名前を確認した次第です。
脳の活性化のためには、写経や音読がよいと友人から聞きました。そのうちやりたいと思います・・・
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毎年買うスケジュール帳に空白が多いのと同じで、自分の人生ってのは薄味な方だと思うんですが、身内や友人から聞く「よその誰か」の人生ってのは、数ヶ月単位で驚くほど波乱万丈だったりします。
顔も知らない誰かさんの新情報を頭の中のマス目に埋めていくのは、人生色々、十人十色やねぇ・・と勉強になり、心を穏やかにまろやかにする作用があるもので、友だちに会っても、本人の話よりそのひとの知り合いとか、知り合いの知り合いの話をついつい聞いてしまいます。
ところで、ちょいちょい悪夢を見てぐったりするわたしが、同じく「悪夢ぐせ」があるという父から聞かされた、ある日の夢の話。筋にすると、「仕事で急いでいて用件を済まさねばならないのだけれど、いろんな障害があってなかなか叶わず、会うべき相手と連絡もつかず、時間がせまってきて右往左往する」という内容なんですが、その中で気になったのが「急いでタクシーを呼びとめて乗ろうとしたら、タクシーかと思っていたそれは、近くで見たら黒くて大きな革靴だった」というくだり。たしかに、車と靴って、オープンカーだと思えば形が似てなくもないし、人を「のせて」運ぶ点では同じですけど・・・いやぁ、映像を想像するだけで、たしかに怖い夢です。わたしも悪夢はたいてい、乗り物、とくにバスが出てくるんですよね。
そんなわたしですが、今、連載もので唯一読んでいるのが週刊現代の「あしたのジョー」。色あせず、毎回ぐいぐい引き込まれる迫力あるコマ割りとかっこいい矢吹丈(15歳!)。しかし、今は丹下段平目線で読んでます。
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宅配業者のかたに集荷に来てもらうたび、同じ制服を着ていても、そのひとそのひとで「物腰」が違うんだなぁと、いつも思います。
ドアからこちらへは一歩も入ってこず、境目でしゃがんで書き物をしたりバーコードを読み取ったりシールを貼ったりするお兄さん。
下駄箱の上の、小物をごちゃごちゃ飾っているスペースのわずかな隙間に荷物を置いて、腰を曲げるのではなく足を広げてバーコードを読み取る(携帯で写真を撮るような姿勢といいましょうか・・)お兄さん。
無言で荷物の厚みをきっちりはかるひともいれば、「あ~残念、あとちょっと小さくなんないかな。ここ、折っちゃってもいいですか」とか「今回だけおまけしときますけど、この厚さはさすがに・・う~ん、厳しいっすね」などと仰るかたも・・・
その、おまけ発言のかたに聞いた話では、配達先の家のひとに受け取りサインを頼むと「ちょっとペン貸して」と言われて手渡して、そのまま返してもらうのを忘れて、自分の手持ちのペンがなくなり、週に何度か近所の文具屋さんで配達途中に買うのでペン代が結構かさむそうです。その日、伝票へ記入を頼まれたわたしもペンを借りたまま「じゃ、どうもぉ~」とドアを閉めようとして、その話になったんですけど。
たしかに、一度貸したペンって、戻ってこないもんです。このあいだ母に、「ちょっとメモしたいからペン持ってる?」ときかれて貸したボールペンも、あれっきりですし・・・出先のコンビニで買うものって、ダントツにボールペンなので、一時期財布にミニボールペンをつけていたんですけど、ペンを使うときにペンの頭から紐で結んである財布が「ストラップみたいな状態」になって、まぁ重いわ邪魔だわで・・・で、外したら外したで忘れたり失くしたときに困るんですが。
宅配伝票や請求書など複写式の書きものには欠かせないボールペン。「いつの間にかブラックホールに消える1位」はやはり不動のようです。
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よほど急ぎでない限り、新幹線は「ひかり」の小田原発着便を利用するんですが、本数が限られているので、場合によっては時間調整が必要になります。
このあいだも、友人と昼ごはんを食べて、駅周辺をぶらついてから乗ろうとしたものの、その、食後1~2時間遊ぶ体力がなく・・というのも連日の紫外線の強さ+ヒノキ花粉で身体がだるすぎて・・・とにかく早くシートにもたれて眠りたい、という状態だったもので、一時間半あとの小田原にとまる便を待つより、先に出る三島着の列車に乗って、こだまに乗り換えた方がいいや、と考えたのですが・・・・
一時間ちかく早いひかりに乗ったものの・・・こだまに乗り換えて発車を待つ間、当初乗る予定だった後発のひかりに追い越されたような気がします。追い越される間、車体の揺れに身をまかせながら、「後から来たのに追い越され~」と、水戸黄門のうたを心の中で再生していたんですけど。
三島駅で次のこだまを20分待つ間、売店でなにかご当地ものを見つけられるかな、と旅気分でいたものの・・・静岡のお茶にちなんだ銘菓らしきものは、なぜか京都のお茶専門店や駅売店でもよく見る抹茶コルネや抹茶キャンディと同一物でした。
ただ、三島駅のホームにある立ち食い蕎麦屋さんは独自路線のようでおいしそうだったので、次回、同じ経路を使う場合は「立ち食い」に照準を合わせて行動しようかと思います。
この日、窓から富士山が見えていたら、もっと別な思い出になっていたはずなんですけどねぇ。
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一年半ほど前から実家では要介護者中心の生活になっており、わたしにとっても毎月の帰省が日常化してきました。帰省のおみやげといえば、当初は「いかにも」な菓子折りや蒲鉾だったのですが、最近では「次の日用の食パン」が一番喜ばれる品だと分かってきました。
実家ではアカヒレという魚を飼育していて、買ったときに藻と一緒に(おまけなのか偶然なのか)ついてきた小さな巻貝のツガイが、次々に卵を産んで、それこそメールアドレスのドット「・」くらいの小さな小さな赤ちゃん貝が増殖し続けています。貝のカップルがいちゃつく様子って・・・なんか、怖い夢を見そうなほど濃厚なんですけど。
見渡せば周囲には、病気や老いをはじめ、それぞれの事情を抱えている家庭は多いようで、当事者でなかった時には「大変ですねぇ」で終わっていたのが、実際に似た立場になってはじめて、共通の話題で笑えたり「笑いつつグチれたり」するので、心強いもんだなぁと。とはいえ、個別の事情ってのはそれぞれ入り組んでいるもんですが。
まぁ、そんなこんなで、そのあたりのことなども、そのうち4コマになればなぁと思っています。
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天気予報ではいつも、自分の住んでいるところが表示されず、京都の頃は「大阪」の情報で、関東に来てからは「東京」の情報でまかなっているんですが・・・しかし、えらく大雑把なような気がするのはわたしだけでしょうか。全国のお天気が3回ほどに分かれて画面に一覧表示されるものの、目的の曜日と該当地域を探すためにおろおろしてしまいます。
天気予報の放映時間が限られているせいか、だいたいにおいて早口なので、天気図の説明などはいつも頭に入ってきません。
・・と、テレビを見ながらぶつぶつ言っているわたしですが、先日、近所の文具店でA3のコピー用紙(紙が厚めで値段も高めの)を買おうとしたところ、店のご主人に「もっと安いのがあるから」とか「これは枚数も多くて高いから・・」と制止されたので、「いえ、前にも同じものをここで買っていますし、紙も厚めで、チラシを作るのにこれが必要なんです。これでいいんです」と伝えたつもりだったんですが、ご主人が「それじゃなくても、他にもあるから」と、商品を棚から取ろうとするわたしを止めようとするんです。そこのご主人は何でも必要なものを言えばパッと出してくれるので、きっと店の商品についてはすべて把握しているんでしょう。そのプロ意識が「おすすめの、よりお得な品」をすすめる行為につながっているのでしょうが、その日は作業中で紙切れしたためとにかく急いでいたので「いえ、これで。前にも買ってこれがいいので」とそれを買いたかったんです。しかしため息をついたご主人は、「ちょっと○○さん来て」とお嫁さんを呼び、彼女に「このお客さん、何か言ってるけど何言ってんのか分かんねぇからちょっと聞いて」と奥へ消えていきました。
わたし、ニホンゴしゃべってましたけどぉ・・
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この困ったお客さんの今回の滞在期間は・・・46時間でした。お帰りになった今も、ほのかな気配がそこかしこに漂っております。
ほかにも、年に数回、ヨーツゥさんとか、ハライタさんなどのお客さんが、呼んでもいないのにおいでになります。
あとはムックミンがしょっちゅう遊びに来ます。足と顔にムックミン。頭髪にはシラガネーゼさんが。意味不明だったらすみません。
最近、友人ふたりがほぼ同時期にからだに激痛をおぼえて入院したり仕事を休んたりして静養中だとききました。それぞれ痛みの部分は違うものの、どちらもこれで2回目の、のたうちまわるほどの激痛だとか。前回の経験から「時間が経てば症状が回復する」のは分かる一方で、それが「次、またきっと起こる」予感も消えないようで・・。困ったお客さんとどう折り合いをつけて付き合うか、誰もがかかえているのですね。
どなたさまもお体、たいせつに。
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またたく間に一週間が経ってしまいました。わたしはいったい、何をしていたんでしょうか・・・・瑣末なことがありすぎて何がなにやら。
そんな中、キラ星のごとく輝くのは、先週土曜の晩にテレビ東京の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』という番組をみていたひとときかもしれません。
太川陽介さんと蛭子能収さんの定番コンビに、毎回女優さん(おっとりした感じの)をゲストに招いての3人旅。京都の三条京阪前で午前7時ごろ市バスに乗って旅がスタート、そこからひたすら路線バスを乗り継いで夜が来たら最寄りのホテルに泊まって最終的に安芸の宮島へ向かう・・という4日間。電車や高速バスで行けばすぐの場所に、路線バスを使ってひたすら遠回り&本数の少ないバス待ちをしながら、疲れていく3人。退屈をやり過ごそうとしながら、理不尽な成り行きに苛立ちつつそれを隠す気配もない3人・・。路線バスってのは電車の通っていない入り組んだ地域や山道を通るんだよなぁ、新幹線や在来線、高速バスなどが動脈だとしたら、路線バスは静脈だな、と、しみじみ。乗り継ぎ駅も、私鉄沿線の急行がとまる駅とは違って、一見、何もない。喫茶店を探すにも一苦労ののどかさです。
2日目の朝、もう一本早いバスに乗っていたらここでこんなに待たなかったのに・・と後悔する太川さんや、バス待ちのわずかな時間を使って倉敷の美観地区を歩くも時間を気にしすぎて「俺、地面しか見てない」とつぶやく蛭子さん。長い道中、友人にハガキを出そうと用意してきたものの、毎晩ホテルに入ったら疲れてすぐ寝てしまって結局一通も出せなかった・・と苦笑いするゲストの根本りつ子さん。蛭子さんはいつもの調子ですが、太川さんとの掛け合いがあんなにテンション低くて面白いとは。
なんともだらだらと、思い通りにならず、盛り上がりもない道中なのに、路線バスに乗らなければ一生立ち寄ることもないであろう場所、次のバスを待つために時間つぶしが必要でなければ歩かなかったはずの地域に実は名所がいくつもあって、とはいえ旅番組とはかけ離れたうだうだした無駄っぽい時間が番組の芯になっているあたり、大泉洋さんがサイコロの出目で旅をする『水曜どうでしょう』を思い出しました。鍋を火にかけつつ、洗い物をしつつ、展開が気になってテレビの前に戻るという繰り返しであっという間に二時間の放映が終わってしまったんですけど、3人が学研都市の夕暮れのバス停ベンチで40分後のバスを待っていた放心の表情が忘れられません。
わたしの一週間もそれに似た、うだうだで忙しくも落ち着かない、ぐったりする日々でした。
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一年前から帰省がてら通い出した、懐かしの曲をうたう講座はまもなく最終回。念願だったカントリーロードの練習もできて、字あまりのshould have been homeの部分も、今まであやふやだった色んな曲の空白部分も、テトリスをするように歌詞で埋めてゆけて、なんかすっきりしました。今後、仕事中や食器を洗いながら、今までよりやや鼻歌部分を減らして歌えそうな気がします。
しかし、カルチャーセンターっていうのは、一度でも参加者や先生とお茶などをすると、その後は講座外での催しやイベントに誘われたりして結構、日常に食い込んでくるものなんですね。職場でも結構こういう「稼ぎに来ているのに、お仲間とのお付き合いでお金と時間が消えてゆく・・どーしよ」状態はあるわけで、あぁ社会生活ってこうだったなぁ・・と思い出した次第です。
てことで、最終回では打ち上げに誘われたら行こうか行くまいか、いや、行きたいがしかし、行ったら次回継続受講の話になるだろうなぁ・・と脳内はぐるぐる。しばらく4コマ休みます。
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朝の情報番組のアナウンサーがいつもとは違う人にかわっていて、「○○さんは本日から春休みです」というお知らせがあったと思ったら、 夕方のニュース番組でキャスターが別のひとにかわっていて「△△さんは今日から冬休みです」というお知らせがありました。冬休みを今まで取れずにきたそのひとにとって、春休みはいつになるんだろうか・・と心配になったりならなかったり。
フリーにとって春休みは、仕事がなければ気の向くままにいつでもいつまででもとれるわけで、むしろ普段勤勉ではないと長期休暇は自己嫌悪と不安の種になるだけかもしれません。
テレビに出ずっぱりのひとは一週間の休暇中、いったいどのように過ごすものやら・・・。もし自分がアナウンサーやキャスターさんと同じ立場なら、ようやく手にした貴重な一週間を、何しよう何しようと思っている間に過ぎて後悔・・という、子どもの頃の休みに似たやりくりの下手さに凹みそうですが、まぁ、そもそもアナウンサーになれないだろうってことで、シミュレーション終了。
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ホワイトデーが近いので店頭にチョコやクッキーが並んでいますが、そのまま渡せるようにきれいなパッケージに包まれているのが、どうも「きれいすぎ」て、のっぺり見えてしまいます。角の折り目やリボンの結び目がキリッとしていればその分、量産品に見えるというんでしょうか、飾りがあっても豪華に見えても、「ふわっと」包んだ感じがないと、コンビニのおにぎりみたいによそよそしい雰囲気があります。
たぶん、プレゼントっていうのは、品物を選んで、それをどうにかしていい具合に包むものだというイメージがあるせいなんでしょう。
雑貨店などでも、いかにもギフト好適品の「セットもの」がコンパクトな箱やカゴで用意されていたりしますが、ビンゴの景品ならともかく、近しいひとに対しては味気ない気がして、つい凹凸のあるものや筒状の容器に入っておさまりが悪いものをごちゃごちゃ選んでは「プレゼントに」と頼んで店員さんを困らせ、帰宅するまでにふわっとした包装がつぶれていることもしばしば。別の店で買ったものを添えようとして、包みなおしてぐちゃぐちゃになったり・・・
『星の王子さま』で、一見帽子にみえるものが、実は象をのみ込んだウワバミの様子だという話がありましたが、カードの上に、カードより小さい箱を一緒に包むと、ちょうどあんな形になります。
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「ソーダ飴」というジャンルがありまして、瓶ラムネの味や様々なフルーツ味にしゅわしゅわはじける炭酸味覚をつけた飴なんですけども、これらがわたしは非常に好きであります。普段は三ツ矢サイダーキャンディのグレープ味を贔屓にしています。
先日、出先で寄ったスーパーで、日頃見かけない7~8種類の味(香料)の入ったソーダ飴の袋を買いました。最初はグレープやオレンジなど味を確認してから口に入れていたのですが、あるとき無造作に袋に手を入れてろくに見ずに口に入れたところ・・・「なんじゃこら。こら、うまい。うますぎる・・・というか、妙に懐かしい、独特の味・・・」と、はげしく興奮・混乱させられる一粒に遭遇したのです。
袋を確認したところ・・・それはコーラ味でした。
コーラ飴って、駄菓子屋さんへ通っていた頃の定番だったわりに、大人になってからは縁遠くなっていたように思います。コーラそのものも飲まないので、心底新鮮で。奇跡的においしい飴を見つけたような気になってしまいました。
しかし・・・しゅわしゅわの飴を一度に大量になめると、舌がヒリヒリしますので注意が必要です。血が出たこともあるので、いや、ほんと。
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『笑い飯』の哲夫さんの訳による『えてこでもわかる般若心経』を探しに書店に行ったものの、サブカルコーナーにもタレント本コーナーにもなく、結局現物を見ることはできずでした。
ひょっとしたら仏教コーナーにあったのかもしれませんが・・・う~ん。
般若心経というのは、法要などで一同で唱えると「セミの合唱に包まれたときの気の遠くなる感じ」に近いものがり、ふわっと気分が丸くなるんですが、好きなのは息継ぎをするときに「っ」が入るところ。音が外れていても味になるあたりもよいです。結婚式やお別れの場面で賛美歌をうたうこともありますが、どうも自分の音が外れているのが気になっておろおろして集中できないので・・・
「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー」って何やねんと思いながらも口にするとなぜかほのぼのするフレーズが満載の般若心経。法要で耳にするといえば、蓮如上人の『白骨の章』も名文ですが、こちらはメロディがとても複雑なのでお坊さんの声を聞く側に回るのが賢明かと。
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この時期、部屋にマスク(鼻の形に蛇腹がふくらんだままの・・)と、しわの寄ったティッシュの残骸(花粉症といっても鼻水がずるずるというのではなく、ラーメンを食べたときなどと同じように少ししずくが垂れそうなときに押さえているだけなので未使用のふわふわな部分の多い鼻セレブ)が点在しているんですが、先日、雨の夜道を歩いていて、既視感をおぼえました。
あ・・水たまりに団子状のティッシュがいっぱい落ちてる・・・
と思ったら、白い八重椿の花でした。サザンカかなとも思ったのですが、コサージュみたいに首ごとぽとん、と落ちていたので。ティッシュなら「ひやぁー汚い」だった光景が、それと分かった途端、「わぁ、なんか『いいちこ』のCMみたい」に一瞬で変貌した出来事でした。
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ミスタードーナツのポイントをためるともらえるロゴ入りのコーヒーカップ、クリームとグリーンの二色は入手したものの、そのあとさっぱり・・・。
前回住んでいた町にも、前々回の町にも、そのまた前の町にも徒歩圏内にあり、喫茶スペースでコーヒーやカフェオレのおかわりを楽しみにしていたのに、去年から住んでいるこの町には、駅前に「お持ち帰り専用」店舗があるのみ。喫茶コーナーを併設したミスドなら、週に1~3度は通いたくなるのですが、買って帰るほどドーナツ単品がそれほど好きなわけでもなく・・・
カップ全色制覇、とはいわないまでも、あと2色は欲しい・・・。手に馴染むし飲みやすいし、色が違うのでめりはりもつくしシンプルなロゴもよいし。定額給付金の使いみちがどうこうとテレビで話題になっていますが、ミスドで使うというのはどうでしょう。取引先への手土産に10個入りを数社、実家へのお土産、友だちと集まるときのお土産を買って、店舗では姉と甥とひとりドーナツ3つノルマで・・・それでゲットできるのかどうか、計算するのが嫌なので自信はありませんが。ポイント二倍の日に行けば、なんとかなるのかもしれません。
と、ここまで書いて、一応ミスドのサイトを訪れてカップの件を調べたところ、以前より色数が減っていて、さらに「近々カップの形を変更するので、現状のものは在庫がなくなり次第終了します」との情報が。漠然と「欲しい」と思っていたものが、切羽詰って「いますぐなんとしても欲しい!!」になってきました。不思議なもんです。
近所のカフェでも、スタンプが10個、15個たまったところでもれなくコーヒー一杯無料などのサービスをしてもらえるのですが、最終的には特製マグカップがもらえるとか。うーん、よさげだけど、マグカップって、そんなにいっぱいあってもなぁ・・・・と思ったりして。ミスドのカップを欲しがる気持ちとのこの矛盾はなんなんでしょう。我欲と向き合う今日このごろです。
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麻生おろし、という言葉がニュースやワイドショーで飛び交っていますが、あれを聞くたびに、「大根おろし」の変化形のようなイメージがわいて、フォルクスあたりの鉄板皿の上でハンバーグがじゅうじゅうしているところに和風おろしソースをかける映像が浮かぶんですけど、そんな連想をするのは日本全国で、わたし以外に何人いるのでしょうか。
このあいだ、画面の右上に番組のタイトルらしき「爆笑問題の・・・・」という文字が出ていたので、彼らが司会をやっている情報番組かと思ってみていたところ、一向にスタジオが映らないので妙な気がして画面をよく見たら、「激安問屋の・・・・」でした。爆笑問題は最後まで出てこずでした。
というような、この頃です。
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なにごとも、いったん手をつけたら最後までやり通すのが大切・・とよく言いますが、にっき飴だけは、途中で耐え切れず断念してばかりの人生でした。
サクマドロップの、バナナ(透明)とハッカ(白)を間違えて口に入れて「ひえ~」となったり、滋賀県の瀬田名物タニシ飴も・・・口へ入れて30秒を過ぎると辛くて苦くてひりひりして、お金を出して買ったくせに、バツゲームのような悲しさを覚えたものでした。
時々、ひとからミント系のタブレットをもらうことがあるのですが、あれも、3粒くらいもらったりするものの、辛すぎて冷や汗。
ラムネ菓子が好きなせいでしょうか、すーはーするだけの清涼菓子って、どう位置づけしていいのか分かりません。
と思っていたのに・・・先日、バス乗り場で切符売り兼案内係のおじさんが、黒い鞄の中から「はい、これ」とくれたのが琥珀色の「にっき飴」。隣にいた外国人カップルももらっていた様子で、「海外のひとには大丈夫なんだろうか・・」とチラチラ見ていたら2人は口にぽいっ。しばらく様子を窺っていたのですが、辛さが出てくる頃にも表情は変わらず、普通に会話しておられます。で、わたしも口に入れてバスに乗り・・・30分ほどかけて最後まで舐めきりました。やれば出来る・・というか、苦さ辛さを越えるとおいしくなるというのがこのトシになってはじめて分かりました。
さて・・・ニッキ飴以外にも、途中で投げ出してばかりの人生をなんとかせねば・・・
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夢を見すぎて朝起きられない日が長々と続いていたのですが、このあいだ遊びに出かける予定の日、ぴったり8時に目が覚めました。
そして今日も・・・朝一番で郵便局へ行くついでにモーニングを食べに行こうと思っていたら、また8時に「はっ」むくっ、と。現金なものですねぇ。
しかし、夢の内容は起きてから1時間ほどは消えません。この記憶の回路を、別のタイミングで使いたいものです。
さっきここまで書いて、外へ出かけてきたんですが、郵便局で記念切手を買い、国民健康保険料を支払って外へ出ようとしたところで、切手代の領収書をもらったかどうか不安になり、係りの人にたずねると、「はい、お渡ししました。終わりかけて端に赤い線が出ている紙でした」とはっきり回答が。わたしの後に何人も客がいたはずなのに、よく覚えてらっしゃる・・・「あー、そうですよね、そうでした、すみません」と返すのが精一杯。あ~あ。
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普段、手紙やマンガを描くのは「ぺんてるHybrid Fine0.6」で、年に1、2度、インクがなくなれば1、2本買い足すという感じできました。しかし、ここ数ヶ月、インク残量が心もとなくなくなってきて文具店やロフトなどで探すものの、一向に見つかりません。Hybrid TECHNICAもない状態で・・・
別のメーカーの同じような商品を買ってみたものの、描いている途中で「どばっ」とインクが出てしまうのです。「マンガを描く人向け」に開発されたという、「スクールペンのようなタッチの線が描けるペン先」のものも、ぺらぺらのコピー用紙に描くと線が「びびって」しまい、滲みます。左の4コマも各所、修正テープでつぎはぎしながら描きました(見た目、普段どおり、へろへろなので分かりにくいのですが)。
以前から何気なく使っていただけなのに、「乾くのが遅くて結構不便だけどまぁ、とりあえずこれでいいか・・」と思っていたのに、あなたがこんなにかけがいのない存在だとは・・・。Hybrid Fine0.6を入手するにはネットで10本セットを買うしかないのかもかもしれませんが、そこまで「本格的に」このペンを買うほどのことなのか・・と、往生際の悪さがここへきてふつふつと・・・
というわけで、途中から鉛筆描きになるかもしれませんが、いろは4コマ8をはじめました。
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「月曜日の朝や日中疲れてきたと感じるときに」という説明書きのある、スティックノリのようなサイズのパフュームを手首に塗るのが、ここ数ヶ月の習慣になっています。配合成分はヒマワリ油やローズマリー油、ラベンダー油、グレープフルーツ果皮油など。月曜日っていうのは、フリーの身にとってはさほど苦ではなく、むしろ大型連休などの方が、その間仕事依頼が途絶えるのでキツイのですが、でも・・・
フリーで下請けという立場で、この不景気。どうしても、ちょいちょい、鬱屈する場面が多く、ついつい「月曜日用の香り」に頼ってしまうんですよね。月曜日は嫌いじゃないけど、気分的には毎日「一般的な月曜日の気分」といいましょうか。
友だちにもらったローズミックスの「甘く優雅な香り」は、空調の悪いビジネスホテルに泊るときや、日中フリースで過ごして一歩も外へ出なかったような晩につけて寝ることにしています。
あとはコーヒーをいれる匂い。これだけは香油ではなく、実際に豆を挽いてお湯を注ぐときのにおいに限りますが、一日二度、できれば10時と15時ごろ嗅ぎたいです。洗濯物を取り込むときの、ご近所からの醤油とみりんの煮物のにおいってのも捨てがたい。雨上がりのアスファルトに日があたって砂っぽいもわんとしたにおいが立ち込めるのも・・犬並みにクンクンします。
大麻がどうの、と連日テレビで言っているのを見て、タバコを吸わないわたしにはいまいち煙を体内に入れるというのが理解できないものの、今の気分とは違う次元へとトリップできる装置を求めるという点では一緒だと思うんですが・・・なんか、葉っぱの見た目がどうも。善悪というより、漢方薬局でガラス瓶に入っているキノコや動物の角などを目にしたような、おどろおどろしいイメージで、あの葉を見てしまうんです。花は美しくてデザインにもモチーフとして結構使うんですけど・・・
そろそろ、「いろは4コマ7」も終わりに近付きました。ペンのインクも残りわずかです。
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近所の商店街にいくつかあるブティックの中に一軒、表のボディに着用させたコーディネートが光っている店があります。
イッセイミヤケ風プリーツ加工にフリルや花をあしらったものやスパンコールを施したステージ服のようなものを扱う店が多い中で、そこは二時間サスペンスの『女検事 霞夕子』あたりが身につけていそうなモノトーンのキャリア服(ちょっとフェミニン)を多く置いていて、表に展示してあるコーディネートはほぼ外れなし。通りすがりに「あれ、ちょっとキチンとした席で着るのによさげだな」と思うこともしばしば・・・
ただ、その店の服がどれも素敵に見えるのは、表に展示しているボディへの着せ方のセンスがずば抜けているというか、マネキンのように頭部や手足があるわけではないので見た目には空中に服が浮いているような感じなのですが、その服がいまにも歩き出しそうなリアリティのある「ふくらみ」と「動き」を持っているんです。ニットやスカート、ジャケットや膝丈パンツなど、それぞれ、着た時、動いたときの生地の揺れが想像できるというか・・。中綿を入れるなど調整しているのかもしれませんが・・・「ボディの魔術師!」と声をかけたいほど。
気に入ったコーディネートのときには近付こうとするんですけど、でも。ガラス越しに店長(ヒゲ+眼鏡でスタンドカラーの白いシャツを着用)がこちらに気づいて奥からすぅっと入り口の方へ近付いてくるため、いつもそこで目をそらしてしまいます。なんか、ファミコンゲームの、例えば『鬼が島』で砦の奥にある銅鐸を取り返したいのに見張りの鬼が気づいて近付いてくるため断念して引き返すあの感覚と一緒なんですけど・・・
それで値札を確認することができぬまま、今に至ります。
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映画『 20世紀少年』第一章の特別テレビ版を見て、いましろたかしさんのマンガ『デメキング』(完結版)を思い出して寝る前に読んだら、夢に怪獣が出てきてしんどかったです。でも、浦沢直樹さんによるあとがきにあるように、20世紀少年の世界にこの作品のなにかがつながっているような。わたしが特に好きなのは、何も起こらない最初の4章くらいまでと、少年探険団が宝探しをする7章。書き下ろし完結シーン2ページの是非はともかく、あれで余韻が深まるような・・・
いましろさんの『グチ文学・気に病む』というエッセイも、元気のないときに読んで「ああ、ここに自分よりもっとテンションの低いひとがいる・・」と、ほっとするのを通り越して胸が痛くなるほど。見出しだけでも、「やる気もないのに」とか、「へこむ」「正月は間が持たない」など、エッセイ向けにとり繕わない文体に救われる、いましろワールド満開。
それにしても、20世紀少年の原作は途中まで読んで、意味が分からなくなってきて挫折したので、最後まで読んだ人を見つけて教えてもらおうと思うものの、周辺にも自分と似たような挫折組ばかり。「ともだち」の正体だけは聞いたんですが、それが「ひとりじゃない」というのか、入り組んだ過去の出来事と記憶の齟齬がポイントになっているらしく・・やはりちゃんと読まなきゃ分からないようになっているのかなと思ったら、最終回を読んでも謎が深まるようで・・やはり『デメキング』状態で後を引くおいしさってやつでしょうか。
ともだち、と言えば、昔、「はないちもんめ」で、最後まで「あの子が欲しい」と指名されず、こちら側に自分ひとりだけになった過去を振り返るわたしに対して、「はないちもんめ」にそもそも誘われたこともない、という友人の返事を聞き、「どっちが切ないやろうねぇ」という話になりました。いずれにせよ、参加していても認識されない(影が薄いか不人気のどちらかの)子どもと、誘われなかった子どもが大人になり、友だちになれたのはよかったのかもしれません。
今日で一月も終わりですね。
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このノートパソコン、去年の3月ごろ、調子がすこぶる悪くなり、こりゃいよいよ買い替え時かな・・と覚悟していたものの、雑誌に載っていた「お助け解決法」とかいうのでとりあえずの応急処置をしてからは、トラブルの頻度が減り(根本的に解決したわけではないものの)、気づけばあれからもうじき1年。なんだかんだで、使いはじめて7年です。
去年あんなに不調だったパソコンは今、見違えるほど元気なのに、わたしの鼻は今年もきっちりスギ花粉にアレルギーを示すようで、かすかに、でも、確実にむずむずしてきました。今週、マスク+鼻セレブ生活に突入。耳鼻科にも行って初期療法で薬を飲み始め、雑貨店でユーカリのアロマを買ったりして、現時点でなんだかんだ5,000円ほど投入。これでピーク時に快適に過ごせるはずなんですが・・・
そんな折、仕事で使っているMacの方の調子が劇的に悪くなり、さらにソフトも買い足す必要が出てきて、総額を計算するとうな垂れて肩こりがますますひどくなる始末。
しかし、困った時には人間、真剣に知恵をしぼるものなんですねぇ。これまでも漠然とどうにかしたいなぁとは思っていたのですが、ここへ来てお金がかかるとなると本気で、とはいえ「ネット情報、手持ちの書籍、パソコン本体のヘルプ」などの無料の手段で時間をかけて調べたところ、改善方法をいくつか見つけました。しかしヘルプ画面を見ている最中にも出続けるエラー。それにも負けず、10代から使っている目覚まし時計、ストーブがまだ現役なのだし、このノートPCだって復活した(っぽい)のだから、Macだって工夫次第でなんとかなるかも・・と信じて。
花粉症とパソコン関係・・というよりそれに付随する費用のことばかり考えてしまうのは、先日伊勢丹で見かけた57,000円の鞄に執着しているため。「高いナァ」というわたしに「いわゆるブランド物に比べたらそうでもないよ」との姉の声にほだされ、たしかに、こういうのって長年使えるしねぇ、と徐々に気持ちが傾きかけていたところだからでしょう。それ以来、デザイン料を聞くたび、または源泉徴収表が届くたび、つい、鞄と天秤にかけてしまうありさまで・・・うーん。その他の生活全般に対して「情緒」というものが欠落している今日この頃・・・わたしの脳内メモリが不足していて、うまく作動していないようなのです。
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あるとき爪の中にボールペンで書いたような黒い線ができて、あれ、なんだろうなと思っていると、何日かして爪が伸びると共に「黒いすじ」が、爪の白い部分の裏に出てきて、それを爪楊枝のようなもので「くいっ」と抜く、その瞬間が好きです。ちょうど今も中指の爪に黒い線が出来ているので、数日後が楽しみな真っ最中です。
この前、小指に血豆が出来たときも、しばらくして血の塊が皮膚の表面に浮き上がってきて、それこそマジックショーでグラスの中の500円玉がガラスを貫通してテーブルに落ちるような状態で、皮膚の中にあった血の塊が皮膚の上に現れていたのにも「おー」となりました。ごまが一粒ひっついているのかと思うほどの可愛い乾燥血豆、その上には古い皮膚がちょんとのっていました。捨ててしまうのが惜しいような一品でありました。
そんな感じの近ごろです。
*すいません、左の4コマ、計算(引き算)を間違っていました。説明するとややこしいんですが、とりあえずつじつまが合わずすみません、てことで。
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駅ビルに大福を買いに行ったら、バーゲン初日で、館内の空気がホコリっぽくてもわもわしていました。
雑貨・インテリア売場でホットカーペットカバーやらクッションなどワゴンに積まれた布製品を引っ張って広げたり、投げるように戻したりするひとの群れを横目に「喉痛くなるわぁ」と思いながらも知らず知らず隙間から手を入れて商品を掴んでいたわたし・・・バーゲン、おそるべし。
我に返って売場を離れたのは、頭上のスピーカーから煽情的な、かつてジュリアナあたりで扇子を振っていたボディコン女性を思い出してしまうようなリズムが雨霰みたいに降ってきて、頭が痛くなってしまったため。あれと比べるとパチンコ店内のうるささは音がボタン雪みたいにどんどこ振ってくるようなもんで、より人体に攻撃的なのはバーゲン時のBGMの方じゃないかと・・・。
とはいえ、文具コーナーのバーゲンで念願の卓上カレンダーを定価の半額の250円で入手できました。大福一個分以上のお得。うれしいもんです。
本日の4コマは、その駅ビルの「みんなの憩いの広場」みたいなところでの光景です。結構・・・憩えません。
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お寺でおみくじを引いた結果、「吉」と出て、「待ち人 来ず、失物 出にくい、商売 利益あれど少なし」などという内容でした。
それでかどうか分かりませんが、年末、書き物をしていて紛失した筆ペンのキャップ―いったい、どこへ消えたものやらと、こたつの中や座椅子の下を探したすえ諦めていた―が、今日、一週間ぶりにひょっこり出てきました。4コマを書き終わってペンをペン立てに戻そうとした拍子に倒して中身を床にぶちまけて、ペン立ての底からぽろっと・・・。もう何年も、おまけでもらったトリスのゆらゆらタンブラーをペン立てに使っていて、ことあるごとに中身をぶちまけては拾い集めて元に戻さねばならずいつもイライラするんですが、でも今回、そのお陰でキャップが出てきたわけで。これがもし安定したペン立てだったら、倒すこともなかっただろうし・・・ぶちまけて「あ~あ」という小さな不幸があったおかげで、失物が出てくる小さな幸福が訪れたんだなぁ・・と、しみじみしてしまいました。なんとなく、今年の運勢は「そういうこと」なんじゃないかと。
さて、「待ち人 来ず」というきっぱりしたお告げについて。毎年思うんですが、そもそも待ち人ってのはなんなのでしょう。恋愛や縁談の項目は別にあるので、それらとは違うとすると・・・仕事関係?『ゴドーを待ちながら』のように、わたし自身、何かをずーっと待っているのは確かなのですが、それが何かと問われたら、うーん・・・。とりあえず、フォローのように、「待ち人 来ず」の後に「おとずれ有り」と書いてあったので、おみくじって、優しいなぁと思った次第です。
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年明けの商店街。クレープや手焼きせんべいの屋台に並ぶ人ごみをよけながら歩いていると、屋根の上で一羽のカラスがこちらを見下ろしていました。カァー、カァー。
孤高のカラスと目が合うと、人間でいるのが妙に恥ずかしくなることがあります。
しかし、箱根駅伝のテレビ中継を見ると、ひとの走る姿っていいなぁ、と思います。抜いたり抜かれたりしながら前に進もうとする姿、襷を待ち受ける側と渡す側の表情。前年、思うように行かず後悔を残した選手やチームが飛躍したり、今回悔しげだったチームが来年に向けてまた走り出すんだろうなという予感を味わえるのがまたよくて。これからの1年、それを時々思い出して、わたしもなにかに頑張ってみたいものです。
世間では今日から仕事はじめということで、フリーのわたしもそれに合わせてこたつから離れます。昨日まで「今、何曜日だっけ」状態だったので、まずは卓上カレンダーを買いに行こうかと。
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目覚めたときから左肩のコリと頭痛に凹み、あ~あ、せんねん灸が手元にあればなぁ・・・と強く思いながら、元日はバファリンを服用して過ごしました。
年末からずっと、寝ても寝ても眠たいです。夢の中でわたしはかなり動き回り(乗り物に乗って距離を移動もするし、室内でも階段を上り下りする)、ひとと関り、何かを探したり考えたり、あれこれ奮闘しているのです。起きたときはへとへとで、眠くて仕方ない。
星新一さんの『ブランコの向こうで』という、他人の夢の中に入り込む体験をする少年のSFファンタジーがありますが、派手な夢の主に限って実人生では不遇だったり地味な存在であったあの小説のように、わたしの夢も、実生活と対照的にものすごく活発でスケジュールがびっしりつまっている模様。主役級の扱いで毎晩夢に出演しつつ同時に観客もやっているわけで・・・へとへとになるのも無理はないんですけど、他の方はどう夢をやりくりしているんでしょうか。
とにもかくにも、バクを飼って夢を食べてもらいたい。・・そんな年明けスタートとなりました。
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女優さんの結婚報道で「お相手は○○クリエイターの誰それさん(36)」という見出しを目にすると、その「誰それ」の名前が例えば「DARESORE(36)」などという横文字表記になっていることがあります。
「なんでミュージシャンとかクリエイターのひとって、名前を横文字にするんでしょねぇ・・」と口にしてしばらくして、自分が「KUM」という署名を使っているのを思い出し、しどろもどろになります。
このあいだ、取引先の会社の社長さんが、わたしをオザッキーと社内で呼んでくださっているというのを風の便りに知りました。直接は会話をほとんど交わした事がない方なのですが・・・なんか、生々しさが軽減していい感じ。どういうんでしょう、生身の人間としてだと修正依頼やデザイン不採用、見積り金額提示などでもめるような場面でも、オザッキーというロボットマンガの脇役キャラみたいな立ち位置なら、「なんか趣味悪いよ~調子悪いのかぁオザッキー」「もっとスピードアップできるだろう?オザッキー」などと気軽に声をかけてもらえて、こちらからも「ギャラがタリマセン。ヒョウカアップノゾム~」「無茶な注文ダナァソリャ」などと堂々と口にできそうなんですけど。
来年から名刺に入れてみようかしら。
って、年末にそんなことをうだうだ考えている場合じゃなくて、ちゃっちゃと掃除しますぅ。
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週末から今日まで、まったくクリスマスムードのかけらもない生活です。
パソコンの前で座りっぱなしなのは、例によってタイプ2のエラーで止まったり、モニターで時計がまわり続けてフリーズしたりで、保存できていない作業をやり直すという二度手間三度手間のせいなのですが・・・うーくやしい。でもパソコンを新しく買うのだけは先延ばしにしたいので、今は機械の言いなりです。
エラーが出るときの法則はあるはずで、それさえ把握して注意すればもう少し減らせると思うんですけど・・
作業が落ち着いたら、CDRに入れたデザインを送りに行こうかなと思いつつ、寒そうなのでクロネコさんに集配を頼もうかなとも。来ていただくと100円割高になるんですが、今日の寒さ・・歯が鳴りそうなので。
あーサンタさん、うちのパソコンに言い聞かせてください。エラーは突然起こすな、せめて予告を出せ、と・・・
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つみ重ねているみかんの中のどれかに、カビがはえていないかどうか。
レンジのアルミガードの汚れが気になるけれども、今替えると新年を迎えるころにピカピカ状態を保てないかもしれない。
りんごの中では「つがる」が一番好きな味だと決定。
憧れだった洋ナシの「ラ・フランス」が、今年は叩き売りに近い価格で並んでいるのはなぜ?
三菱東京UFJのキャッシュコーナーが週末の数日間休止になる、というパターンが多すぎる。
テレビショッピングで、「よい品を、より安く」というかけ声でもって、漁獲量が少なく今年は厳しい・・・と前置きした上で、「そこをなんとか、たらばも」「たらばなしってのはお客様が納得しない」などと仲買人に交渉して2万円相当の蟹セットを9,800円に値下げ断行していたことについて。しわ寄せはどこへ行っているのか・・・平常心でいられない。
と、まぁこんな今日この頃ですが、秋の青空みたいな、素敵なうた声に出会いました。
今、気になるもの。思い出すと気持ちがほぐれる、「かもめ児童合唱団」のこの曲です。http://jp.youtube.com/watch?v=WYUUJJzqgd8
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一日だけ、ビッグサイトの中の一畳分のスペースで作品展示をしてきました。足を運んでくださった方、どうもありがとうございました。
会場でレンタルしたのは会議用机と椅子だけなので、押入れの布団収納棚を分解して布に包んで電車で運び、ちょっと高さのある展示にしてみました。しかし自分の姿が隠れるので、呼びかけられるまで忍者のように壁の向こうで息をひそめているような図になり、その場で何をしていたかといえば、作品を買ってくれた場合に入れる袋を手作りしたり、あとは、「おー、お金、たまったなぁ~」などと小銭をちまちま数えたり・・。しかし、増えているように見えるのは、自分の財布にもともとあった千円札でペットボトルのお茶を買ったお釣りだとか、自分がよそのブースで買い物をしたときのお釣りなどでもあるのでした。
姿が見えない位置に座っていたために、いろんなひとが展示をながめながらしゃべるのが結構聞こえました。「へぇ、なにほさん、だって。これ、石で出来てるんだよ。川で拾ってきた石を削るの大変だっただろうなぁ」と、子どもさんに語るお父さんの声や「これ、やばーい。ペンギンのこの顔、笑える、やばすぎ」という若者たち。「えー、はにほぉすゎん」という海外の方の妙な発音にもくすぐったい気分でした。あと、関東の方の「はにほさん」も自分とはイントネーションが違うのでちょっと照れます。
寒くてなんだか全体的にぱっとしない冬のはじまりでしたが、そんなこんなでちょっと体温あがりました。
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室内の観葉植物に水やりを忘れたり、なおざりにしていたりすると急速に枯れてゆくように、ブログのことからしばらく気持ちが離れているうちに、日々の記憶さえ3行程度で説明できるくらい散漫になってきました。
しかし、一度途絶えると気がゆるむものですねぇ。なかなか・・・
わたしの周辺でも数ヶ月~数年更新がストップしているサイトがあったり、そしてお気に入りの中にも久しぶりに行くと「Not found」と表示されるところが続々と・・。とすると、むしろそっちが普通の流れなんだろうなぁと思えてきます。
しかし、わたしは見てしまった。4年前から連日自作のマンガを載せている方のブログ。うまいなぁ、このひと、色づかいも独特で・・・と思って、4年前のブログ第一回目からさかのぼって見てみたところ・・・まったく別人のような、最近の作品とはタッチも路線も違う、鉛筆での落書きみたいなマンガが並んでいたのです。あるときを境に「化けて」、現在の独特の味が出ているらしいのですが、それにしても、ちょっと下品な不条理ギャグ路線だったのが、いつガーリーでリリカルな作風に変わったのか、その境目になにがあったのかなぁと、ものすごく気になって。思えば以前、玄米を食べ続けているという60代女性をNHKの番組で目にして、その方があまりにさっぱりして魅力的だったので、「玄米ってすごい!」と影響を受けて食生活を変えたことがありましたが、それに近い気持ちです。描き続けたら、こんなに劇的に絵やタッチが変わるんだろうか・・それ、体験してみたい、と。時間をかけた理科の実験みたいな心持ちでいるのですが・・・う~ん。しかし、久しぶりの4コマは相変わらずへろへろな線でした。
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振り返ってみると、7月26日の4コマがこれと似たような内容(ニオイの元は別)になっていました。
そういえば先日、住まいから外へ出て数歩のところに秋刀魚の頭が落ちていて、「あ~ゴミの日に誰かが落としたのかな・・もしやわたし?」と思いつつ、新聞で包もうかなと、身を屈めて覗き込んだところ・・・・ひ~っ。サスペンスの山村紅葉さんばりに目をひんむいてしまいました。
秋刀魚の背中の部分の皮だと思った部分に黒い毛が・・・原形をとどめていないので何か分からないものの、でも顔はあるわけで、で、秋刀魚に毛はないからたぶんこれはネ○○なんだろう・・と推察。他所から鳥や猫がくわえてきたのか、うちの建物に出入りしていたところをやられたのか不明ですが、見えないところで日々、命のガチンコ勝負がくりひろげられているんだなと、久々に思い知りました。
スコップで土に埋めてからも、その場所だけ、今も色が違うように見えます。
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いろんな会社の雑貨企画に「外注さん」として関ってみて思い知るのは、「先入観のない、新鮮なアイデアをどしどしください」と言われても、調子に乗ってはりきって斬新なもの、それこそ子どもの頃に「あったらいいな、こんな商品」と広告の裏に描いたようなものをプレゼンしても、それは大きく空振りしてしまうんだなぁ・・ということです。
聞くところによると、ヒット商品というのは、すでに世間に出回っている商品に、ちょっと別の機能だとか飾りをつけたり色やネーミングを変えたりする、わたしなどからすると「え、その程度のこと?」と思えてしまうようなささいなことで生まれるらしく・・・「こんなの見たことない!」と世間が驚くような商品の提案(だと勝手に自分で鼻息荒く披露して)も「工場が対応できないので・・」とか「それを置く売場、ありますか?」と却下されたり、斬新なはずのアイデアを、他のひとがとっくに提案していたりするわけです。
例えば、最近だと顔や足のマッサージローラーをスケルトンのピンクに変えたら大ヒットしたとか、女性の便秘用の薬を、メタボが気になる男性向けにネーミングを変えたら売れたという話があるようで・・・そのくらいなら自分にもできそうだなぁと思うとこれがなかなか、「何」を「どう」変えるかを見つけるのが難しいのです。
「新鮮な視点」というのは、なにも未確認生命体を発見するような大がかりなことではなく、気付いたらそばにいた友達を異性として意識していた・・みたいな、普段、当たり前のように目にしているものが新鮮に見えるということなんですね。大事なものはいつも、自分のそばにある、ってことで。
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ある時、突如としてブログの横のところに表示されるようになった「検索フレーズランキング」という項目。Macの画面では表示されないので、ひとに言われるまで気付かなかったのですが、ウィンドウズのノートPCで開くと確かに載っています。
以前からブログの管理画面には表示されていたので時々変わった検索ワードを見つけて「へぇ~」と思ったりしていましたが、個人の事情を図らずも知ってしまう戸惑いと、時にはやけに具体的なフレーズ、というより長い文章になっているものがあったりしてドキッとします。とはいえ匿名なので言葉だけがひとり歩きしていて、なんだか不思議なもんです。自分も日頃、調べたいものがあったりして何気なくキーワードをいくつも打ち込んでいるので、その言葉はどこかに残っているのでしょう。
去年圧倒的に多かったのは「頼朝の墓」というキーワード。鎌倉に住んでいた頃に時々散歩で行ったので、その書き込みに引っかかったのだと思うのですが、「なんでこんなに多くの人が頼朝の墓について調べるのか」の推理に明け暮れた(というのは言いすぎですが)こともありました。その後、「安彦麻里絵 再婚」というワードが急浮上。漫画家の安彦さんご自身のブログが面白いのでそちらに行く方が早いんだけどなぁ・・とも思いつつ、「彼女の再婚を気にしているひとって多いんやなぁ・・」としみじみしたりして。次に上位に必ず来るのが「京都 モーニング」または「名古屋 モーニング」での検索。このテーマで本でも出したら売れるんじゃないかなぁ、早速このブログでも特集を組もうかしら・・とか思いつつ時間が経っていますが・・・
ところで、これまでこのブログへやって来られた検索ワードの中で最も気になったものが、「わかめのような物体が道路に」というものでした。このブログのどの記事に結びついたのか分からないのですが、その方は一体何を目撃したのか、その後解決したのか、まだなら鬼太郎に頼みたい案件だなぁと思いつつ今日に至るのであります。
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前から気になっていた競輪場へ、先日初めて行ってみたところ、3レースに各600~900円分車券を買ったうち、最終レースで1800円程戻ってきました。金額でいうと負けたことになるのでしょうが、途中まで意味が分からぬまま買っていたので一部戻ってきただけでもラッキーな方かと。
レース数分前に白いシャツ+帽子のスタッフが肘を90度に曲げてきびきびとバンクの所定位置につく(ビデオを再生するように毎回同じ動きをしている)様子や、常連客の選手への応援が途中からヤジになっていくところなど、独特の世界が広がっていてしみじみする一方で、意外だったのは、スピード感よりも、レースの半分以上が「かけ引き」で進行するというところ。スタートしても、選手たちは希望の位置取りをするべくその場で自転車をうねうねさせて進まなかったり、何周かする間に微妙に順位が変わっていく間も、先行、捲り、追い込みなど、各選手が得意なレース展開をするべく、繊細な目配りと動きをしている様子でした。
中には追い立てられて予定外に先頭に出てしまって「あーあーお前、先行逃げ切りじゃねーだろ。なんでそこにいるんだよ、ねばりが足らねーなぁもぉ」とつっこまれている選手がいて、「ひとが好いのかもなぁ。分かるわぁ、いつも損な役回りになるんだよねぇ」と、わたしなどは分かった風な顔で妙に共感してしまったりして。
ポケットに手をつっこんで去ってゆくおじさんたちの背中は怒っているけどどこかで本当には怒っていないような・・いやものすごく怒っているししょげているけど、でもまた明日も来るんだろうなという・・・どっかで既視感があるなと思ったら、身近に多くいる「阪神ファン」の姿でした。
100円で入場できる競輪場内には売店もあるものの、無料でお茶・コーヒー(加糖)・水・ジュースを紙コップで飲めるようになっていて快適でした。
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岩岡ヒサエさんの『土星マンション』という漫画は、地球全体が自然保護区域となった時代、地球のはるか上空に浮かぶリング状コロニー(土星のように見える)に暮すひとびとを描いたSFファンタジーですが、なんとも人懐っこい空気のただよう作品です。
ひとびとが暮すスペースは上層、中層、下層部に分かれていて、学校や公共施設のある中層を挟んで上にはエリートや金持ちがだだっぴろい部屋に、下にはアパートや長屋暮らしの肉体労働者たちがいるものの、上だろうが下だろうが誰も自由にリングの外へは出られず、みんなが大きな避難所暮しのような、不自由な状態。とはいえ、日光が差し込まずいつも暗い下層地帯には屋台や食堂などに集まるひとで活気があって、こんな町ならひとり暮らしも楽しそうだなと思えてきます。
ところで先日、メールでのやり取りのみだった仕事関係の方と「初対面での打ち上げ」があって、その会場が、未来都市然とした高層ビルのふもとにひっそり佇む昭和の香りただよう居酒屋でした。
『土星マンション』で描かれるのは、労働を通して出会ったひとたちが、一定の距離を保ちつつ、面倒をかけたり頼られたりしつつ、気取らない食事をともにしながら心を通わせてゆく川下りのような時間ですが、その夜わたしが過ごしたのも、それに少し似た時間でした。一歩出たらそこは近未来の大都会、という環境にあって奇跡のようなコキタナ・・いえ、庶民的な店。周りは背広姿のおじさんたち。そして同席しているのは初対面なのにどこか懐かしいようなひとたち。そういう状況で、ともに飲み食いしていると、「我々は現代という同じイカダに乗っているようなもので、同じように先の見えない今を生きているんだよなぁ」と妙に安心できで居心地がよいのでした。「長芋バターしょうゆ」、美味でした。
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国会で麻生さんと小沢さんがどちらも赤い羽根を襟元につけているのを朝、テレビで見てなんとなく記憶していたせいか、友人と待ち合わせた駅で盛大に共同募金の呼びかけをしているのを目にして、「あぁ、なるほど」と妙にしっくりきてしまいました。
20分ほど遅れるという友人を売店付近や改札前をうろつきながら待つ間、共同募金のふたつのグループにはさまれており、なんとなく、片方の募金箱へ小銭を投入。するとひとりがティッシュふたつを、もうひとりが赤い羽根をくれようとするので、「あ、羽根はいいです」と手を振ると「えー、なんで?いいじゃないの、ここは両面テープで貼れるようになってるから」と親戚のおばさんに似た方が仰るのでもらいました。
とにかく10メートルおきくらいに「募金おねがいしま~す」とやっているので、一箇所で募金したところで、その他の募金所では冷たく無視しているひとのように見えるわけで・・・とはいえ胸元に羽根をつける勇気もなく、結局、「今しがたもらったばかり」という態度で指先で羽根をつまんで立ってみました。
実家の母は、日よけ帽子に共同募金の赤い羽根を年中つけていたような気がします。外し忘れたというか、もはや飾りの一部になっているようです。赤い羽根に限らず、旅行から帰ってから何年も、スーツケースにはツアーの札をつけたままですし。そのくらいおおらかになりたいもんです。
その後競輪場へ行き、その日一般のひとではじめて、赤い羽根をつけたおじさんを見ました。両面テープの剥離紙がこちらを向いた状態(羽根の表裏が逆になっている)で、無頓着に胸ポケットにさしておられて、なんだか眺めのよいお姿でした。
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秋分の日に、近所の和菓子屋さんの店頭で、六つ入りの二色おはぎパックが積まれていました。
きな粉のおはぎ1~2個で事足りるんだけどな、と思い別の日にバラ売りしていたら買うつもりだったのに、それ以来、おはぎの姿をさっぱり見かけません。そうこうしているうちにお彼岸が過ぎてしまいました。
クリスマスケーキやバレンタインチョコの場合、ひと月ほど前から当日を過ぎても数日は売っているのだから、おはぎも、もう少し脚光を浴びてもよいと思うんですけど。
本気で食べたければ、大きな駅まで出かけてデパ地下で探せば手に入るのでしょうが、わたしのイメージするのは、プラケースに詰められるものではなく、「餅は餅屋で」の幟があるような店の素朴なおはぎなのです。竹の皮を模した包みをあけると、肩を寄せ合っているおはぎたち・・。ぽってりした姿がなんとも微笑ましいではありませんか。
そういえば、昔、『サザエさん』の波平さんが酔っ払って帰宅するときに手にしている寿司折りがやたらおいしそうに見えたものですが、たぶん、あの、持ち手部分が輪っかになった包みをぶらぶら振っている様子に味わいを感じたからかなと。
縁側で、あつい番茶と一緒におはぎをいただいて、唇をきな粉まみれにしながらほっこりしたいものです。
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種なしぶどう(デラウェア)を食べるときって、中にふたつかみっつ、すっぱかったり、土っぽいというか、どよーんとした味の粒が必ず混じっています。口にして、「ぬぅぉゎ」となり、飲み込むか吐き出すか迷うような、ぎりぎりのやつ・・・
種なしぶどうそのものは、いつ食べても当たりハズレがなくて甘くておいしい果物なのですが、傷みかけのひと粒はおいしい10粒から得られる幸福感を台無しにするくらいのインパクトを持っています。同じ「ぬぅぉゎ」でも、さんまの内臓の苦味は、アクセントになって結構おいしいもんだな、と最近ようやく分かって来たところですが、ぶどうだけは・・・
ぶどうを食べた翌日など、畳のヘリあたりに皮が落ちていたりするものですが、昨夜も、「あらあら、こんなところにも皮が」と布団の枕元にあったものを拾おうとしたら、海老茶色したゴ○ちゃんの子どもがひっくり返ってひからびた姿でした・・・。
秋ですねぇ。
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改装します、と書いたわりにかわりばえのしない感じですが、4コマの枠の幅を微調整して、グレーの色鉛筆も新しくしてみました。
あと、近況としては、最近、育毛・発毛の会社、リーブ21の社長さんの物真似ができるようになりました。10代の頃、紀子さん(当時はまだ民間人でおられた)の真似をして以来のことであります。
そんなわけで、はにほさんの日々も続きます。
*「山田君よ聞きたまえ」が最終回を迎えました。これまで「なごむ、ゆるむ、ねむい」のいずれかに一票を入れていただいた方、ありがとうございました。福田元首相がテレビに映るたび、どことなくあのおじさんに似ているなと思ったりしていたのですが、おじさんが会社をやめようかなぁとか言っている間に、総理の方がお辞めになるとは・・・。
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今になって思い出すのが、はじめてのバイト先だった喫茶店(ママさんがひとりと、バイトがわたし1人)のことです。ランチタイムだけはいつも混雑するものの、それ以外はぽつりぽつりと客が来るだけで、誰もいない時間帯が必ずあった(その間掃除をしたり、カレースプーンに三角に折ったナプキンを巻いていた)あのお店・・・。
時給は480円という、当時でも信じられない安さでしたが、店の隣のコンサートホールの楽屋からミックスジュースなどの注文が入ることもあり、そんなときは、そのままステージを観て帰れるところがお得でした。シャネルの腕時計が似合っていた、年齢不詳のママさん、どうしておられるんでしょう。冷凍のフライ物を盛り合わせたメニューが中心で、とくに個性もない店でしたが、似た店を探そうとしたら、案外見つけられないのかもしれません。たぶん、今もまだあの店は表通りで営業を続けていると思います。
夕方ごろ、通りをながめながらぼんやりしたり、カウンターで雑誌をめくりながらママさんとしゃべったりしたあの、重だるくてのんびりした空気に似たものが、今、4コマを描いたりブログを更新するときに流れているような気がします。客を待っていたのか、バイトの終了時間を待っていたのかも分からない、どっちつかずの感情というか・・・宙ぶらりんな感じ・・・
この4コマも、いろは順に描いていって、最後の「ん」を目指しているのは、早く終わりたいのか、次の回を早く迎えたいのか分からずですが、そういうはっきりしない領域って、なんというか、好きです。
てなわけで、本日でいろは4コマの6回目が終わりました。
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スーパーで、ベビーカーに乗った赤ちゃん(男の子)がわたしを見て、「おっ、君か。やぁやぁ・・」みたいなノリで、身を乗り出して片手を上げ、笑いかけてくれました。
その時の感じが、新入社員がエレベーター乗り場で部長なり社長に声をかけられるようなものというか・・・まぁ、おじさんっぽい赤ちゃんだったということかもしれないんですけど。
先方がそういう態度だったので、ついこちらも「ははぁっ」てな態度になってしまいました。赤ちゃんのママも、赤ちゃんのお姉さんもその場にいたもののこのやり取りには一切気付かず、わたしだけが、赤ちゃんの「全能の神」っぽいお姿を見てしまったような気がするのです・・・
赤ちゃんと猫と、あとは最近見かけなくなりましたが、黒いトンボ(ハグロトンボ)。この三者はその小さなからだの中に、はてしない物語を含んでいるようです、どうやら。
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このあいだ、友人のサイトで、「追われるほどに、あとでもよいかと思われることに手を出してしまう・・」という記述の後、ロシア民謡『一週間』のかけ声、「テュラテュラテュラテュラテュラテュララ~」が頭に浮かぶキーボード前、というような軽妙な表現を見つけて、「ふふっ」となりました。
さっそく、「月曜日は市場へ出かけ~糸と針を買ってきた~」とうたいだしたものの、火曜日以降の歌詞が思い出せず、鼻歌に・・・。
ネットで調べると、市場へ行くのは日曜日で、しかも、買ってきたのは「糸と麻」だそうで・・・。完全に間違っていました。そして月曜に風呂を焚いて火曜に風呂に入って・・・みたいな内容で、最後に「恋人よこれがわたしの一週間の仕事です」というのですが、主人公、ほとんど一日にひとつの仕事(というより用事)しかしていないんだなぁ・・と思うと、がぜん、ホッとします。啓蒙的な歌詞でなくてよかった。
今週のわたしは月曜からずっと、奥歯の歯茎がうずき、火曜には頭痛も加わって発熱、水曜日には腹痛も加わり、そして木曜日、痛みはぼやけたものの全体がだるいのです。明日以降も回復しなければ、わずかにキーボード前で作業しただけで、寝てばかり。うだうだうだうだうだうだだ~・・の一週間になりそうなのです。
せめて一日ひと仕事(用事)・・ということで、本日も更新しました。
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日経BPのTech-On!で連載している『山田君よ聞きたまえ』が今週の分を含めてあと2回で終了となりました。
とはいえ、結局は終わった感じのしない終わりになりそうです。
同じページの、仲森さんのコラム「思索の副作用」も個人的におすすめです。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071001/139911/?P=9
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昨夜、といってもまだ夜はこれから、という時間に、落雷の影響でテレビ画面が突如砂嵐になり、窓を叩く雨風とは対照的に、室内は無音になりました。
以前、雷雨の日にモデムが壊れた経験があるだけにパソコンをさわるのもこわいので、深夜にビデオ録画したまま見ていなかった映画を見ることに・・・。時間はたっぷりあるので、CMも早送りせずバラエティ番組やテレビショッピングなどを鑑賞したのはいいのですが、目的の映画がはじまってしばらくすると突如ガチャン、と音がして、自動的にテープが巻き戻りました。
・・・録画時間を大幅に間違えていたのでした。
夜が明けるとおだやかな晴天で、でもテレビは砂嵐のままで、静かな日になりそうだなと思ったら、裏の犬がいつもどおり吠え、蝉が鳴き、そして今は、窓の外で鈴虫が鳴いています。
と・・・さっき、何度目かにスイッチを入れると、ようやくテレビは復旧していました。
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巷では、『もう、不満は言わない』〜21日間不平不満を言わなければすべて思い通りに!あなたの人生を変える秘密がこの1冊に・・・〜という本が話題のようで、ブログで取り上げられていたり、新聞広告などで目にしているうちに、なんだか気になってきました。
21日間不満を言わずにすごすなんてこと、できるんだろうか・・?と。
少なくとも自分が実践するなら、虫に食われたり、生ゴミが臭ったり、蒸し暑い日が続いたりする今は避けたいところです。特にこれから季節の変わり目には髪や肌、体調が不安定になるでしょうし、ぼやかずにおられないはずなのです。
たとえば、「21日間不平不満を言わないでいたら5万円もらえる」という特典でもあれば別かもしれませんが。もしくは、バラエティ番組でやっているように「英語を口にしたら千円」というのと同様の罰金システムがあれば、発言に気をつけるんではないかと。
とはいえ、秋ごろに一度、「3日間、不平不満を言わない」という程度のプチ体験には挑戦したいです。でも、ため息とか、心の中で思うだけでもカウントされるとしたら、きっとアウトですけどねぇ。それにしても、今日のはにほさんは横に大きく膨張してしまいました・・あ〜あ。
ゆうべ、映画『嫌われ松子の一生』のテレビ編集版というのを見始めて30分もしないうちに、突如画面がニューススタジオに切り替わり、福田首相辞任を決意、という特別報道番組がはじまったのでした。はじまった、といっても、オープニング映像もなにもないし、映画の方もCM明けではなく途中でブツ切りされたので、寝ていて夢を見ているところを布団をはがされて起きるような、そんな唐突さをテレビ画面から感じました。この目で見ているものは、なにかのきっかけでその状態を突然断ち切られるのだなぁ、と。映画そのものは劇場で観たものなのでそこにこだわっているのではなく、臨時の特別報道番組はゆうべに限らないのですが、ひとが亡くなるときの唐突さというか、誰かと思いがけない形で疎遠になるあっけなさというか、つい先日までそこにあった洋館が更地になっているのを見つけた時のような、桜の木がなじんでいた風景から強引に撤去されるような、なにかを自分からひきはがされる思いがします。
近所の書店の児童書コーナーに、「読書感想文の書き方」のハウツー本が並んでいました。学年ごとに「おおきな木」から「坊ちゃん」あたりまで、感想文の参考例と段落ごとの書き方のコツなどが分かりやすく紹介されていて、書き出しは「読むきっかけ」「タイトルの印象」「主人公への呼びかけ」「作文を読む先生への呼びかけ」などを使うとよいとか、ストーリーをすべて説明するとまとまりがないので、気になったシーンや出来事をひとつかふたつ選んで、そこで感じたことと自分の日常の出来事と照らし合わせてみたり、全体を通して主人公におこった変化(成長)はどうだったか、またはタイトルにからめて「〜が大切だと思いました」などとまとめるとよい、というような内容でした。
わたしがよく使う言葉に、「いたこのいたろう状態」というのがあり、橋幸夫さんが『潮来笠』をうたう時の、口の端を引き締める表情をしているひとを見た時に使っております。もともとうちの父が、たとえばババ抜きをしていてジョーカーを隣のひとが抜こうとする瞬間や、麻雀でドラ、3色などを連チャンで鳴いたときに「いたこのいたろう顔」をするのです。笑いをかみ殺す、というのとも少し違って、武者震いを押さえつつ、というか。たとえば、スピード社に対抗出来る水着を期限内に開発せよ、と迫られた国内メーカー3社に対して、大阪のタコヤキラバーという素材を開発した方がインタビューかなにかで「うちの素材を提供します」と仰っていたときも、いたこのいたろう状態に見えました。本当に自信があって勝算があったから、あの表情なんだろうな、と、父がその顔になったあと、必ず勝利や成功をものにする法則を知っているだけに、わたしは勝手に確信したのでした。でもその後、国内メーカーは、いずれも、タコヤキラバーを使わないか、一部パッチワーク状態で使うだけという、素人目にもそんな無茶な、という扱いでした。その後、マスコミは彼を追わなくなってしまいましたが、タコヤキラバーの行方が気になります。
仕事で修正をくり返す内に、なにが正解でなにがイマイチなのかよくわからなくなってきます。色を濃く、とか、もう少し丸みをおびさせて、などとちょこまかしたことを指摘された場合でも、おおかたの場合は部分的に直したところで良くなるわけではないので、「じゃぁ、一から描き直してみます」となるのですが、担当者さんから「どこがどうというより、感性の問題というか・・どう表現したら解っていただけるか難しいところですが・・」とすまなさそうに言われたりすると、うーん。デザインへのダメ出しどころか、わたしの感性そのものに重大な欠陥があるのか?・・と凹みます。でも、今日までやってこれたのだから、明日もやってみよう、という心境でやるしかないのでしょう。とりあえず、4コマ描いて昼寝しよっと。
夏に向けて涼しげなブラウスでも買おうとか、折り畳み傘が要るなぁとか、CDプレーヤーをそろそろ探さねば、だとか、マーカーペン一式が欲しいなぁとか、いやそれよりも、ノートパソコンを買い換えなければ、などなど、常日頃から欲しいもののリストはあるものの、その予定で引き出したお金は、なんだかよく分からないうちになくなっているのです。
買う予定だったものや買いたいものはいくつもあったのに、気付けば、除菌スプレーや防虫剤などの雑多な日用品に消えたり、ちょこまかとした交通費や送料に消えたり・・・
まぁ、欲しいものを予定通り買うというのは自分を満足させるためのもので、一方、知らぬ間に消えてなくなっていくお金というのは、自分から少し離れた目的で使っているとも考えられますが。
そうこう言っているうちに、買う予定だったものはひとつも手に入れぬまま、月末には市民税の納付期限がやってきますぅ。
テレビで巨人戦の放映中、ベンチの原監督が映るたび、壁の電話に、「男のエステ、ダンディハウス」という広告が描かれているのが目について気になります。
巨人にとって深刻な場面でも、原さんの顔の横には常に、青く塗られた電話があり、受話器の背やプッシュボタンの上のスペースに白い文字で「男のエステ云々」がくっきりと浮かび上がっているのです。
さして野球を見ないわたしにもこんなに印象深いのだから、世間的にもあの広告は話題になっているのではないかなと思うんですが、まぁ、よくあんなところに広告を入れるのを思いついたなぁ、と。実際問題、あのスペースの広告料はいくらくらいかかるんでしょう。
こういうブログにしても、広告が入っているから無料で使えるのはありがたいのですが、この4コマの下の広告がいったいどれほどの効果をもたらすのか、想像もつきません。駅前で配られるティッシュの効果にしても、ずっと謎なんですけど・・・
じゃあ、自分はどれだけ広告で動くのか、といえば、先日も、沿線ガイドのフリーペーパーで特集されていた駅まで行って、掲載されていた三軒(すし・そば店、精肉店、パン屋さん)をまわって日焼けして熱が出たんですけれども。
先日、電車の四人掛けに男性とはす向かいに座っていて、しばらくして男性が降りると、二組の親子がどやどやとやってきました。そのうちひとりのお母さんだけは席がなく(わたしが座っていたので)立っておられたため、わたしは通路をはさんで反対側の席に移動。「おかあさんおかあさん、やっと空いたよーここ」と小さな足をぷらぷらさせてご機嫌なお子さんの手に、森永ラムネがにぎられていました。ラムネ瓶の形をした容器に入っている、わたしの大好きなラムネ菓子です。
しかし、わたし、こんなトシになって、わさびもしょうがもみょうがもセロリもパクチーも、そのおいしさが分かる味覚を持った成人なのに、なんでわざわざ小さい子どもと同じお菓子を食べつづけているんだろうか・・と、ふと考えてしまいました。
で、最近は駅売店で勢力を広げつつある「グミ」をよく食べています。
寄り道や休みがあって、ここまで来るのに長い月日がかかりましたが、これで五回目のいろは4コマが終わりました。
4月から、とあるカルチャーセンターで60年代のポップスを歌う講座に姉と参加しているのですが、それとは別に、ライブとともに食事やお酒、踊りを楽しむお店にも時々行って、ホールでとびはねて「S・A・T・U・R・D・A・Y night!」とか叫んでおります。歌や踊りが好きというのでもなく、大勢でわいわいどうこうするタイプではないはずだったのですが、趣味というのは、あみだくじのように、ある線をなぞっているうちに思いがけないところへたどり着くものなのかもしれません。
秋葉原にある地下のライブハウスでオタクたちが決まった振り付けで踊っている姿が妙だ・・とか強烈だ・・・などとテレビで話題になっていましたが、わたしが行く店でも老若男女が激しく好きなように踊って(このあいだは舞妓さんたちが数人、あのお姿でわたしの前でツイストを・・)おられるので、さほど奇異にも映らずでした。
見渡せば、周囲には自分の想像を絶する世界がひろがっていてくらくらしますが、だからこそ、やはり隙間家具的なスケールの4コマを描いてゆきたいなぁと思います。
では、また。
先日、帰省したついでに、以前住んでいた町の美容室で髪を切ってきました。
そこは、駅前などでチラシを配ったりは一切しないのに、低料金で技術力が高いので、いつも程よく混んでいます。スタッフの顔ぶれが行く度に変わり、会話もほとんどないのもあって、何度行ってもわたしは店の名前を覚えられないのですが、シャンプーの際のひざ掛けがテディベア柄なのは数年前と同じでした。
わたしを担当してくれたのは、たぶん何代目かの店長さん(初対面)。「毛先を5センチくらい切って全体を軽めに・・」という注文をしたわたしに対して、「シャンプーとか、これまで大変じゃなかったですか」とか「いつもドライヤーで乾かしておられるんですか」などと質問をした彼は、さらに「カットは、いつぶりですか」と続け、「えー、5ヶ月・・ですかね・・」というわたしの答えに、吉本新喜劇なみにのけぞって驚くのでした。5ヶ月も髪を切らない(で平気な)女の事情がむしょうに気になったようで、美容室に行かなかった期間、いったい何をしていたのか、をきかれてしまいました。
うーん、はっきり言って、ただなんとなく月日が過ぎていた・・・だけだったのですが、店長さんはそれでは納得してくれなさそうなので、「引越しをふくめ、とにかく仕事が尋常じゃない忙しさだったので、なりふり構わず過ごしておりました」ということにしておきました。たしかに、床一面にカツラ一人前が出来そうな自分の毛束がどっさり・・・な光景にはギョッとしましたが・・。
とはいえ、帰宅した母には「え、どこが変わったの?」と言われたので、わたしの髪問題(量が多いとか、傷んでいるとか)は当人やその周辺、世間一般には案外分からないものであって、担当した美容師さんだけが「ぎょっ」とするものなのかもしれません。
だいたい、疲れる夢の傾向というのは決まっていて、らせん階段や高い塔のような建物、百貨店の業務用エレベーターや裏階段、そして巨大旅館のような施設、土地勘のないバス停・・・などが出てきます。
時間的に急いでいたり、何かを探したり、とにかく移動したいのに階段や建物の構造上の高低差に足をとられたり、バスが来なかったり・・とても疲れます。
昨夜は、ある陶芸教室のミーティングを見学に行ったところ、室内掃除をいいつけられて、掃除機のスイッチを入れた途端、バチン、と真っ暗になって、ブレーカーを探そうとする・・という夢でした。暗闇の中でなんとか解決しようとするものの、誰にきいてもうやむやな場所しか教えてくれず、部屋を出て別棟にまで移動して、あの例の箱(分電盤)を探し続けていろんな扉や天袋、隠し小箱みたいなものを次々に開けてはがっかりして、露天風呂にたどりついて、そこで美人の仲居さんに尋ねると「おおもとの制御装置がどこどこにあるんだけれどそこまでの行き方がどうのこうので・・」とまわりくどい説明をするのでイラついて、まったくもー、なんでこんな目に・・と怒っていたのでした。
よく、目覚めたら眉間にくっきりシワが刻まれているのはそういうことなんでしょう。
その前の日には、夢の中での移動がつらいあまり自転車を盗んだ私が、その後こわくなって駅までの送迎バスに乗ったものの田舎道を走るバスが突如80度近い坂を急降下する・・という、これまた疲れる夢でした。
起きた途端にすぐ忘れるような、うす味の夢、希望です。
数人でお茶をして、そのうちのAさんがまとめて全員分の支払いをしてくれて後からそれぞれが自分の代金を渡したときのことです。会計のときにトイレに行っていたBさんが次の店に移動してから「さっきの・・」と財布から出してテーブルに小銭を置いた1コマが、みょうに印象に残ったのでした。
そのとき、もらう側のAさんが一瞬「・・・」と間をおいて、なにか考えたふうだったのはおぼえていて、それが気になった原因でもあるのですが、Aさんが何も言わずにそのままの額を受け取ったので、数字が苦手なわたしは「まぁ、合っているのかなぁ・・」と見なかったことにしたつもりでした。
今にして思うに、Bさんは食事とデザートを各一人前ずつ食べていたのに、デザート分しか払っていないのではないかな・・と。
なんというか、お金のことって口に出しにくいし、当事者でない場合は尚更あいまいに聞いていたりするんですけど、こうして気付いてしまった今、「う~ん」と・・。今さらBさんにわたしから連絡するのも妙ですし、Aさんが何も言わなかったということは間違っていないのかもしれません。ただ、あのときの変な「間」が、シーンとして焼きついていて。
とりあえず、今度AさんBさんと会う時に、500~600円分の手土産を持っていって、この後ろめたさを払拭することにしました。変な着地点ですけど。
こういうのって、電車で席を譲ろうとしつつタイミングを外して・・というような感じにも似ています。いやーな自分が出るんですよね。ほんと、もっとおおらかになりたいです。
ラジオから聞こえてきた「ろくじゅういっさい、ですか。すごーい」という言葉を耳にして、「六汁一菜」って、どんな内容のメニューなんだろ・・・と、味噌汁やスープが6つ並ぶ様子を思い浮かべてしばらくして、「61歳」だということに気付いた。
5月10日
近所の餃子店で突如、オルゴール風のメロディが結構な音量で流れてきて、餃子を焼く時間をはかるタイマーの音(ピピッピピッ・・のかわり)かと思っていたら、壁のからくり時計からのものだった。
これって夜中にも1時、2時、3時・・と音楽は鳴り続けるんですかねぇ、と店主に尋ねたところ「ここで泊るわけじゃないんで分からないですけど・・考えてみたら気になりますね・・夜中、お隣に迷惑をかけていたりしたらねぇ。調べてみようかしら」という返事だった。そういえば兄の家に泊ったとき、リビングの鳩時計が夜中に毎時「ホッホー」と鳴くので気になってスイッチを切らせてもらったことがある。
商店街などにある大きなからくり時計は夜中、どうなっているのだろう。誰かがスイッチを切っている、もしくは自動タイマーで音楽や人形をストップさせているとしたら、それは何時の段階でなのだろう。夜中に出かけて確認しようにも近所にからくり時計は、ない。思い当たる中で一番近いのは横浜そごうの入り口のものだけれど、ネットで調べたら今年の4月で老朽化のため廃止になり、今はただの時計として壁に残っているという。
・・・というような数日だった。
病気のとき、腰痛のとき、そしてなんとなくだるい日、・・・布団の中でごろごろしなければならない場面において、「寝るのもしんどい」という言葉が自分の口からよく出ます。
近所のリラックス雑貨の店で、机にちょっとうつぶせになってお昼寝・・というときの枕が売っていました。横になったり布団に入るとはてしなく寝てしまうわたしには、机の上につっぷして寝る・・という学校の休み時間のようなスタイルが身体のためにはいいのかもしれません。寝すぎは頭痛の原因になるので・・。
2~4月に花粉症対策でも結構お金を使ったので、五月病っぽいからといってアロマだの肩こりツボ押しグッズ、マンガ、花、そのうえ枕まで買ってしまったら、財布がさびしくなりそうです。先日その雑貨店で母の日のためにあれこれ手にとりながら試しながら選んでいる姉妹に目を細めたところなので、自分の体調ばかり気にするってどうかとも思いますし・・
そうこう書いているうちに、なんだかまた、パソコンの危機(画面が突然ホラーなモアレ状になって消えそうになる)がやってきました。時々不調になるけどいつの間にか戻る・・って、妙に人間味のある機械です。
連休最終日、卵を買いに行った足で、本屋さんへ寄って『コーラス』というマンガ雑誌460円を買って来ました。年に1~2度、連載モノだから話が分からないと知りつつもこういうものを買ってしまいます。ちなみに、『コーラス』の執筆陣は、くらもちふさこさん、聖千秋さん、佐野未央子さん、逢坂みえこさんなど、中高生のころ読んでいた漫画家さんがずらり。この雑誌のキャッチフレーズは「少女マンガも大人になる」だそうで・・・
10代20代前半までは大量のおやつも一緒に買ってきたわけですが、今日はハーブティなんぞをマンガの友に選びました。大人になったからではなく、夕食の時間がせまっているからですけど。
昔から試験前や旅行前、出張前など準備をしなければならないときなどに限って落ち着かず、無気力になり、ふらふら出かけて立ち読みの末にマンガ雑誌を買ってきて、お茶をいれてお菓子を用意してクッションや毛布類をセッティングして・・・ともったいつけてから中を開いたものでした。
今日はブログを更新したりなんかして、さらにマンガ雑誌を開くまでの「ため」をもたせているのです(なんのためか、自分でも分からずですが・・)。こうしている間にも休日は終わりに向かい、ということはつまり仕事の締め切りが目前にせまってきているわけで、でもだからこそ、暇つぶしを敢行せねばなりません。
・・しかし空腹で、おちおちマンガを読む気分でないところが今日の計算ミスでした。冒頭に書いた卵というのは、親子丼を食べたくなったので買ったものです。
連休中の図書館は椅子取りゲーム状態でしたが、わたしも空席を見つけて『天才柳沢教授の生活』を読みふけりました。クールな柳沢教授のある種のずっこけぶりがチャーミングなのと、彼に振り回される人々の不恰好さに人間味を感じてほっとします。
自室では、いがらきみきおさんの『かむろば村へ』①②と青野春秋さんの『俺はまだ本気出してないだけ』①②(ともに、主人公の男のダメっぷりが魅力になっている)と、最近になって大人買いした『はいからさんが通る』をかわりばんこに何度も読みかえしております。
ただいま、毎年恒例の五月病真っ最中。花粉症のあと、ほっとしたら必ずやってくるのがこの、仕事に対する倦怠感です。でも、変化っていうのは、こういうマイナスモードから始まるんでしょう。
最近実家では、なにかというと「相棒、撮ってあるよ」「相棒、DVD借りてきたよ」などという会話を耳にします。本来、母と父の好むドラマ(というか野球が放送されるシーズンは一台は阪神専用に・・・)の系統は違うのですが、この水谷豊さんと寺脇康文さん共演の『相棒』だけは、時おり遊びに来る叔母夫婦も一緒に、茶の間で輪になって楽しんでいる模様です。
あとは、話題の中心はサスペンス劇場。放映の何時間も前からチェックして録画準備したり、放映中には京都が出ると「ここは○○や。よく撮影に使われるんや」とか、「このひとがあやしい」などと口をはさみ、10時頃にお茶をいれたりします。そのくせ、親たちは途中で風呂に入ったり犯人を確かめずに寝たりするので、さして興味がなかったわたしが責任を持って最後まで見届けたりすることも・・・
再放送でしか見たことがないものの、個人的には『赤い霊柩車』シリーズが好きです。葬儀場でバイトしていたのもあって、祭壇なども気になるし、大村崑さんと山村紅葉さんが出ているあたりもポイント高しです。
まぁ、4コマと一緒で「あ、そぉ」な話でした。
あるとき、人気タレントさんのブログで「いつも何万件もアクセスがあるのは自分がタレントだからだろうから、このあいだ匿名で別のブログを開設してみたら、なんと一日36人しか来なかったのですぐやめちゃった」というような記事を読んで「36人しか、ってオイっ・・・」とパソコンの前でツッコんだことがありますが、いま、1年以上続けてみて、ようやく一日30数人に訪問してもらっているらしいこのブログです。
以前、はにほさんを委託販売していたお店では、数ヶ月置いてもらった結果・・・なんと、小鳥(100円)が一羽売れただけでした。それも、わたしの元へ返品するために梱包している最中に売れたのだとか。で、お店の方がしきりに恐縮しておられて、却ってわたしとしては恥ずかしかったりしたものです。でも、そういう「とほほ・・」な話って、好きなんですよね。例えば服をほめられて「これ500円」と安さ自慢するようなもので、「誰がどういうつもりで小鳥を買ったのか?」という謎というか面白さをなんか他のところで使えそうな気がするというか・・・。
ひとが何かを続ける拠り所にするものって、人数とか規模ではなくて、個別の反応なんですね。仕事でも担当者が「いいですね、これ」と反応をひと言くれるだけで次もやる気になるし、家族や友人に「これおいしい!」と言われると料理にも力が入るってな話です。
さて、通信販売をはじめて10日。数名の方からメールで連絡をいただきました。左のマンガはWさんに絵を送ったときの1コマです。
また、Aさんは申し込みの際、「はにほさんがどんなところへ届くがご心配でしょうから・・」とご自身の「おもしろ証明写真」を添付してくれて、Mさんは、はにほさん用の部屋を紙箱で作る(それも職場の机の上で作業している)様子を写真に撮って送ってくれました。また、いつもほのぼのと読書の楽しみを伝えてくれるBさんのサイトでは、はにほさんの写真を載せて紹介してもらいました。http://dokunhon.seesaa.net/
どんな人生でも、自分なりの「喜びポイント」を心にためていければそれでいいんだなぁ・・と、しみじみ縁側気分になったところで仕事に戻りますぅ。
同じ扉から電車を降りたのはわたしとふたりの男性の計三人。先に降りた50~60代の男性に、後から降りた20代後半くらいの男性がそろそろと近付き、背中をまるめて前のひとの顔を確認しながら「○○○○ですか?」と声をかけていました。しばらく間があったものの年配男性は「△△△△・・・?」と聞き返しながら歩調をゆるめ、それからわたしの通り道をふさいでいると思ったのか、柱の陰に若い人の腕をひいていました。
振り返ると、年配のひとは「なんか、顔が丸くなったような・・でも、面影はあるね」というようなことを自分の頬の横に手を添えて言い、「いや、ずっとそうかなと思っていたんですが・・」というようなことを若い人がこたえていたのでした。
大学のゼミの担当教授か、かつて彼の親の手術を担当した医師か分かりませんが、なんか、いい感じのおふたりでした。
電車に乗っていると、他のひとの再会シーンを目撃することがあって、そういうのって、ちょっと緊張感もあり、居合わせたものとして面映くもあり、でも、時間の流れを感じられるので好きです。
いま、なにかと話題の「せんとくん」。キャラクターの風貌だけに気をとられていて深く考えていなかったのですが、あと2年したら2010年、つまり平城遷都710年から1300年経つ、ということなのですね。とか言いながら、1300年がどのくらいの長さなのが実感が持てないのですが・・・
近ごろ気になっている日経BPTech-On!の中の『思索の副作用』というのコラムに、「ゆるキャラについて考える」という記事が載っていて、興味深く読みました。
童子のキャラの作者へ寄せられたという匿名での批判コメントのキツさとか、なにかあると一斉バッシングになりやすい現代の風潮みたいなものを垣間見るようでぎょっとしたり、なにより「付和雷同な自分」もその一端にいるんだよなぁとどきっとしたりして。はい、わたしも先週、「何あれ」と実家でああだこうだ、さんざん言っていたのでした。
コラムの書き手である仲森さんは4コマやイラストも描かれていて、その線がひょうひょうとしていてチャーミングです。電話中にひょいっと描いた似顔絵、みたいな気軽さなのに味があるというか・・・。よかったら一度のぞいてみてください。ちなみに同じサイトで「山田君よ聞きたまえ」もそろそろ更新になります。http://techon.nikkeibp.co.jp/column/shisaku/
ブログをやっていると、「こんなことやってる時間に筋トレでもヨガでもして体力つけたほうがいいかもなぁ・・」などとしばしば思うわけですが、へばるたびにその思いはつのります。
ああ、もうブログはやめて、当初のようにコピー用紙に書いた新聞を手渡しか郵送で渡すんでもいいかなぁ・・、だったら月1発行でいいし・・と気持ちが固まりかけていたのですが、そういえば、通販をはじめたところなんだった・・と思いとどまりました。
以前のように紙で知り合いに渡すのとブログとの違いは、普通の方法でなら、知り合っても親しくならないか、すれ違うだけだっただけの人、永久に出会わない人と、4コマを通してささいなことで共感できるのが、なんか安心というか、自分と似たようなことを他の人も感じているとすれば心強いなぁと、そんなところですかね。それは、日経BPの『山田君よ聞きたまえ』についても同じで、技術者やビジネスマンの方が見に来られるページだから、本当は自分には縁がないのかもしれないけど、でも、誰もが目にする些細なことでならつながれるかも・・・という一点でやっていると面白いです。
なので、自分が頭が痛いとか飽きたとかでブログの更新を滞ると、はにほさんの生活を途切れさせるみたいで落ち着かないもんですね。だから、休み休みではありますが、もうちょっと4コマは続けてみます。
*通販部門について・・・特に申し込みフォームはないので、メールでお届け先を書いていただければ、発送方法と支払いについてご連絡します。作品が売約済の場合はお許しください。
平日の午前中に再放送でやっている『暴れん坊将軍』をついつい、見てしまっています。同じようなことの繰り返しのようでいて、実は毎回少しずつ話が進んでいて、なんとなく、「ほのぼのと覗き見している」感覚というか、め組に集まるひとたちに親しみを覚えるんですよね。とくに松金よねこさんや、大岡越前の姪の「千奈津殿」(いつもエンディングで女優さんの名前を見逃してしまうのです)の登場シーンが気に入っています。正体を隠している吉宗をけちょんけちょんにけなすあたりが・・・。
今日は(この記事を書いている日のことです)、いつも吉宗の側についているお庭番(隠密)の美女が、悪事を働くヤカラに攻撃を受けたショックで記憶を失くしてしまい、付近の村で養生することになるのですが、小さな子供と遊ぼうにも、あやとりさえできず、「わたしは一体誰?」と悩むのです。その間、なにかと面倒を見てくれる自称・旗本の「徳田様」が一体何者なのか、自分との関係はどうなのか気になりながら恋心をいだく・・というお話でした。
テレビのニュースを見るときや電車に乗るときなど、普段は感情を半分スリープ状態にして過ごしているものですが、そんなときには「心をむやみにざわつかせず似たような話が延々と続いてゆく(かのような)ドラマ」がすんなり見られるのかもしれません。
ところで水戸黄門の場合は正体を明かした途端に一同がひれ伏すのですが、暴れん坊~の場合、上様だと分かったあとに、立ち回りシーンが始まるんですよね。ちょっと、その違いが気になっています。
うーん。この文章が載る頃、映画村に行っているかもしれません。
自分でも理由は分からないのですが、ここ数ヶ月、かんぴょう巻きブームがやって来まして、何日かすると食べたくなります。
最近読んだ、水木しげるさんの次女・悦子さんによるエッセイ『お父ちゃんと私』によると、水木さんは好きな食べ物は毎日、何年も食べ続けるようで、例えばガリガリ君。それまでソーダアイスといえば、表面だけソーダ味で中身がバニラだったりして騙された気になってがっかりしていたらしいのですが、100%ソーダ味の「ガリガリ君」の存在を知ってからは「空色のアイス」と呼んで気に入っているんだとか。あるとき水木さんがセロハンテープのカッター台を指して『この色のアイス買ってこい』と言ったときも、台が空色だったので悦子さんは「ピンと来た」そうで、20代までガリガリ君好きだったわたしとしては嬉しいエピソードでした。同時期に刊行された水木さんの奥さんの『ゲゲゲの女房』の方も読んだのですが、二冊とも「自分自分」には決してならずに、控えめな目線というか、「自分には何のとりえもないからできることをするだけ」と素直に信じて水木さんを尊敬したり「変わっているなぁ」と驚いたりハラハラ見守ったり、やさしさとあたたかさと懐の大きさを感じさせて、ほんと、のんびり温泉につかっている気分になる本です。
で・・・話がそれましたが、かんぴょう巻きの件に戻ります。先日スーパーの鮮魚コーナーにある寿司売場で、買うか買わないか迷いながら(白ご飯が家にあったため)も、とりあえず1パックをカゴに入れたところ、すぐあとに80歳前後のご夫婦がやってきて、奥さんの方がおもむろにそこにあったかんぴょう巻きのパックすべて(四つ)を抱えてご夫婦で「ほっ」とされていたのです。わたしが1パックを先にカゴに確保していなかったら、それも持って行かれたんだろうな・・と。ライバル出現に、かんぴょう巻きブームはさらに熱を帯びそうな模様です。
最近、駅前の不動産屋さんの前を通るたび、どきどきします。角地にあって二面がガラス張りになっており、物件情報のシートが並ぶ中、ポスター大の紙に「ここに自転車をとめるな。ガラスを割った場合、弁償してもらいます。100万円」と書かれた太い毛筆の字が、いつも目に入ってくるのです。
駅前で郵便局や商店も近く、同ビル2階が居酒屋で、店舗の前に駐輪するひとが多かったんだろうとは想像できるのですが、それにしても「100万」という金額は本気なのか脅しなのか・・・そしてまた、同じガラス面に貼られた「私たちは真心をこめてお客様のご希望の部屋をご提案します」というようなメッセージにも、素直に受け止められない戸惑いをおぼえるのです。
ファミレスや喫茶店に客として行っているのに出入り口に「アルバイト募集」のポスターが貼られていると「ちょっとなぁ・・・」というあの気持ちを何倍も濃くした戸惑いといいましょうか・・・
昔から月極駐車場で「無断駐車は10万円申し受けます」とかいうのがあって、「ひぇー、こわい」と思っただけに、100万円が燦然と輝いて見えます。わたしは物件情報を見るのが好きなのですが、今後は早足で通り過ぎることにしようかな、と。
さて、日経BPのTech-On!で「山田君よ聞きたまえ」が更新していますので、よかったらまた覗いてください。http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071001/139911/?P=5
パソコンというのは、ボタンを押せばなんでもスイスイ出来そうなイメージとは違って、実際に使ってみると、その「スイスイ」に至るまでの準備段階がおそろしく地味でまどろっこしいものだったりします。
その中で、何年も前からどうしても知りたかった、ある技法(というより手順なのかもしれませんが)。これまでなんどか同業の方や知人に質問してみたものの、かんばしい答えが返ってこず、「たぶん自分の使っているソフトのバージョンが古いから出来ないのだろう」と、諦めムードでした。
それが、先日、思いがけず、知りたかったHOW TOに近いものを取引先のひとから教わりました。お顔も拝見したことのない、声も聞いたことのない名前しか知らない方から・・。あるデザインを制作する過程で、なかなか先方の希望通りの表現にならず、担当者から何度か修正指示があり、最終的には担当者の手で調整してもらったのですが、その時、「ご存知かもしれませんが、念のため、今回こちらで仕上げた方法についてご報告させていただきます」というメールに多くのデータが添付されてきたのでした。
実は、仕事についてメールでやり取りしながら、面識がないだけに、どこか噛み合わないというか、最初から最後までピントがずれた受け答えになっていたのです。でも、その15以上の数のデータを開いていくうちに、そのひとが個人の裁量で懇切丁寧に手法を解説してくれているのがわかって、最後のデータを開くときにはほろっと来てしまいました。教わった描画方法を、早速別の仕事に活用してみたところ、快適です。
仕事としては不完全で迷惑をかけたのですが、わたしにとっては、それが最近いちばん嬉しかった出来事です。関係性とはまた別に、ひとは思いがけないところでひとから救われるものですね。
自室でひたすら机の前に座って仕事をして、取引先のひとと電話ではなくメールばかりでやり取りしていると、なんだか自分がルームランナーの上をひたすら走っている感覚になったりするのですが、昨日、仕事で長野新幹線に乗って、駅弁を食べて車窓から上野の桜並木を眺めて、なんだか空を飛んでいるような気分になりました。
空を飛んでいる・・というのは、学生の頃、社会見学などで観光バスで山道をゆくときに、カーブで地面が見えなくなって窓の下に谷底がひろがる光景を、「空飛んでるみた~い」と、クラスの人気グループの女の子たちがバスの後方座席で騒いでいた話を思い出して今書いているのですが。
ただ、日帰りで何時間も列車に乗っているのは体にこたえます。やはり普段はルームランナーが似合っているようです。4月がはじまりました。
近ごろ、結婚報告会見で似顔絵を披露するのが定番なのでしょうか。鉛筆っぽい薄い線でノートを破いたようなぺらっとした紙に描いた似顔絵、なんだか注目してしまう今日この頃です。
写真を見て描いたような、髪の毛一本まで写実的に表現した几帳面なタッチが多いような気がしますが、ユースケサンタマリアさんはムーミンのミィ風のイラストを出していたので、どういう似顔絵を披露するかは、モデルとなる結婚相手の容姿というよりはむしろ、描く側の男性の立ち位置の表明にもなるのかなぁ・・などと勝手なことを思ったりして。
わたしは子どもの頃から自画像や同級生の顔を描くときにいつも、先生から「マンガっぽい」と注意されたものでした。小学校の卒業アルバムのプロフィール欄の絵も、わたしの絵だけ浮いてしまうらしく、担任の先生に2度ほど描き直しをさせられました。たぶん先生は、目をレモンのような形に描いて、鼻は、花瓶のようなシルエットに穴二つ、鼻の下には二本線を入れるような似顔絵を求めておられるんだろうなというのは分かるものの、リアルなタッチがちょっとこわくて、反抗心から従えないというより、つい、あっさりした絵の方に向かってしまって、少女漫画家の「陸奥A子」さん風になってしまうのでした。あのとき先生がわたしの絵に違和感をおぼえて、確かにわたしの絵は他のひとに比べて何か味がないというか、無邪気さがない感じだな、ということだけは理解できたのですが、だからといって、写実的な、または形式ばった絵はどうしても描けず、ひたすら戸惑うばかりでした。たぶん、マンガチックな絵とスケッチ風の絵のほかに、人の描き方はあるんだろうな・・と思いつつ今日に至ります。
そんなこんなで明日から4月です。
関東で暮すようになってから、テレビで見知ったひとを見かけることが増えました。あ~○○さんやわぁ・・と心で思いながら駅で通り過ぎたり、「顔はよく見るけれど名前は・・でもあの声、そうそう」とか、納得しながら店をあとにしたりします。
また、時々芝居を観に行ったりすると、テレビドラマなどで見かける方が動く姿を近い場所で目にすることもあります。
舞台上のお姿はテレビとはそう変わらない気がするのですが、同じ地面の上ですれ違ったり、同じ空間の中で座っておられたりすると、いつも不思議に思うのが、「サイズの違い」です。テレビや映画で見ていたときと、背格好や顔の造作のバランスが違うというか。想像よりやせているとか顔が小さい、小柄、というだけでなく、背の高いひとも含めて村上春樹さんの『TVピープル』という小説みたいに、なんだか普通の人間を全体に90%ほど縮小コピーにかけたようなシャープさで、コントラストの%をアップしたような「くっきり感」というか・・・
それが「テレビで見るよりホリが深い」とか「テレビよりかなり美人」などという感想になり、要するに「垢抜けている」という表現につながるのかもしれませんが、これ、芸能人や著名人に限らず、観光地やお店などでも感じることなんですよね。
実際に目にするのと、サイズとか奥行きが違う・・・「そうだ、京都に行こう。」のCMもそうだし、鎌倉のグルメ番組でも、桜のニュースを目にしても思います。札幌の時計台にしても、想像より小さいとかしょぼい、というよりも、時計台周辺の風景がテレビや写真の画面に入っていないために、同じアングルを目に出来ず、戸惑うというか・・
いずれにしても、切り取られた目線の外、想像とのずれとか、がっかりする部分、違和感こそ、面白がる人生にしたいものです。
デザインの仕事では、絵柄より、そこに添える「ちょっとした言葉」を英文仏文で考えることに時間がかかってしまうこともしばしばです。
商品や絵柄に関連のある文章にしつつ、あるスペースに収まる長さにしたり、モノによっては鋭角的な文字(M、Aなど)ではなくRとかSで始まる文章にしなければならなかったりします。
知り合いに英語の達者なひとやフランス人がいないわけではなく、何度か頼ったこともあるのですが、そうそう何度も甘えることもできず、かといってウェブ上の翻訳ソフトでは、「あなたがそう思う、ことを最大に望む」みたいな言葉になってしまったりして・・・
むずかしいのは何も外国語に限ったことではなく、パッケージの仕事では、日本語でのコピー(使用方法や商品イメージなどを説明)を考えるのに、うーん・・と頭をかきむしってしまいます。
こちらは、いろいろ規制が厳しくなってきたのか、「○○に効く!」とか「○○を改善」などとはっきり効能や使用方法を書けないようで、婉曲に、でもそれっぽい雰囲気の言葉を載せなければならないのです。ふんわり、とか、やすらぎ、とか、何をどうするのか具体的なことは一切書かずに、それなく無難なワードを並べて文章としておかしくないように成立させねばなりません。
せっかくだから、できるだけわざとらしくない、素っぽい言葉にしたいもんですから、余計に時間がかかるのでしょうけど・・・
言い回し辞典とか、意味ありげな文例集の本とか、ここ10年ほど探しております。ギブミー虎の巻。
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焼き鳥のチェーン店といえば、赤い看板に黒い文字。というのは全国共通の認識なのかどうか知りませんが・・
中でも「大吉」「一番」というのが主流なのかなぁと長年思っていたのですが、実家の近所に「番吉」(赤い看板に黒い文字)を店を見つけて、「ほほぉ。しっかし、焼き鳥店の名前はどうなってんのかしら」と不思議でした。
そしてこのたび、近所に「大番」という焼き鳥店を発見。大吉と一番がこれまたシャッフルされた店名なのです。
そういえば、京都には回転寿司チェーンの「むさし」という有名な店があちこちにあるのですが、京極商店街に一軒、たぶんチェーン店ではなさげな「小次郎」寿司というのがあって、結構好きだったのを思い出しました。
ネピーさんマンガ終了とともに、鼻セレブを使い切ったわたしです。
さて、先日友人からのメールに、「最近、白髪染めのCMに藤原ノリカが出ているのを見て、そんなトシになったのか、としみじみ。そろそろシエロ、買おうかしら」とありました。そうそう、ついこの間まで、上の世代の村上里佳子さんがイメージキャラクターだったCMに、同じ年代のノリカさんが登場したのは、ちょっとした衝撃なのでした。
今や白髪染めが必要だと世間で認知される世代のわたしですが、いまだに10代の頃のような振る舞いをするのが新しく服を買ったとき。「それ、いくらした?」と母にきかれるたび、つい「6000円くらいかな」と、安く申告してしまいます。
いっぽう、その母は、自分の友人や職場の方にわたしを紹介するとき、「30歳」と告げているとか。わたしの実年齢を知らないのか隠したいのか分かりませんが、なにやら面倒なお年頃なのでしょう。
駅前にカルチャーセンターを見つけて、「ウクレレ教室」に興味を持ったのですが、1回4300円という金額を見て、チラシを持ち帰るのをやめました。講師が往年の人気グループの元メンバーだそうで、親がよく口にしていたその名前にミーハー心がわかないこともないのですが・・・入り口でメールアドレス交換している生徒さん2人を目にして、「講座の帰りにお茶をしたりするんだろうなぁ」「もし途中でやめたら、外で顔を合わせるのって気まずそう・・」などと腰が引けてしまって。美容室と習い事は近所ではない場所がよいのかもしれません。
ただ、パソコンの講座もあるようなので、てことは・・・考えようによっては、わたしは日々、デザインの仕事をしているわけですが、これってお金をもらってパソコンの技能を磨いていることにもなるのかもしれません。
思えば、中学生の頃から塾より進研ゼミ派でした。今、取引先の担当者から指示をもらってそれにこたえようと作業するのは、赤ペン先生からの直筆メッセージを励みに問題を解いたあの感じに似ていなくもないかなぁ・・と。
「時給換算するとこれ、どうなのよ」とぼやきながらここ数日、細かい作業を長時間にわたってしていたのですが、今日は自宅カルチャーセンターへ通うつもりで、机に向かってみたいと思います。
近くのスーパーで、売場の棚と棚の間の通路に「島」状の商品台があり、ブルボンのお菓子(ルマンドやホワイトロリータ、ルーベラなど・・)が積まれているのをよく目にします。
シリーズの中で一番人気は「ルマンド」らしく、いつ見ても、他のものより多く仕入れられている様子ですし、先日などは、特設コーナーでルマンドだけが空箱になっていて、常設売場の棚の方にもありませんでした。
・・と思っていたら、少し離れた食品売り場の一角でファミリーサイズ菓子特集をやっており、キットカットなどと一緒に、ルマンドの大袋を発見。そこに、さっきの売場ではひとつも残っていなかった普通サイズのルマンドが一袋紛れ込んでいました。「ああ、ルマンドをカゴに入れていたひとが、ここでファミリーパックを見つけてこちらに替えたのだな」と納得して、自分のカゴにもファミリーパックのルマンドを入れた次第です。
ルマンドの魅力は、正体不明のチョコレート(ココア味だそうです)の味や色なのでしょうね。パッケージの紫といい、絨毯のようなチョコの色といい、空想上の西欧を想起させるお菓子です。そういえば、ルマンドやルーベラは紅茶皿にスプーンと一緒に載せるのにちょうどよいサイズで、「応接間のお客様に出す用」だったような・・・。そして子どもだったわたしは、お客さんが手をつけずに帰ったあとの菓子を、すかさず食べていたのでした。
久しぶりに4コマの下描きを終えてから「あ、枠線用のペンがない・・・」と気付きました。というのは、引越しのダンボールの側面(3面)に、内容物を書かねばならず、手近にあった筆ペンを使って、最後、インクがなくなって捨てたのです。20箱ほどのダンボール各3面に内容を書き込んだので、なくなっても不思議ではないのでした。
で、太いものを探して、サクラの名前書き用油性ペンを使うことに。世間ではご入学ご進学時に大活躍のペンなのでしょうが、ツンとくるニオイに、自分まで新学期を迎えるような緊張感を味わってしまいました。裏面にまでペンが滲んでしまうひやひや感も懐かしいです。
いよいよ花粉が大量に飛ぶらしく、いつまで薬を飲まずにやり過ごせるか、ひとり我慢大会がはじまりそうです。毎年、今年は治ったんじゃないかと淡い期待を抱いてしまうのですが、すでに目がかゆいような気も・・
うるう年のボーナスデーの今日をわたしは4コマ描きと仕事でのんびり過ごしております。
引越しました。たぶん、これが載るころには・・・過去形になっているはず。こんど暮すのは、運がよければ富士山が見えるかもしれない・・という名前が商店街についている町です。わたしは関東に来てから、まだ富士山をそれほど見ておらず、数少なく見たというのも、新幹線こだまの車内からだったりしますし。
富士山、普段、ふとした拍子に見てみたいです。いつからこんなに富士山を好きになったのか自分でも謎ですが・・・京都では比叡山を見て安心するようなところがあり、滋賀県の三上山(近江富士と呼ばれている)のシルエットを見るのも好きだったので、生活の中には「目印の山」がひとつは必要なのかもしれません。
・・てな具合で、新生活、ゆるゆるとスタートです。
雪が積もって、世間でその話題でもちきりになって、それから数日~一週間経って、雪の痕跡が町から消えたころに、道端にとけ残りの雪を見つけては、うわぁ、と思います。
陸亀の甲羅分ほどの、あるいはワニの背中分ほどの、所々黒っぽく汚れた雪の島は、コートもいらないような温暖な日には、なんだかちょっと場違いな感じというか、周回遅れのランナーみたいな存在感で、わたしをひきつけるのです。
先日も、市役所の出入り口の植え込みの陰に、クリームパン形の雪の島を発見。わたしはたぶん、世の中にとってこういう存在のものが気になるんだなぁ・・というか、この雪がわたしそのものかも、などと意味ありげでなさげなことなどを考えつつ、もう少し思索にふけろうと近くのスターバックス(プールのある庭が見える人気店舗。わたしの住まいに近いもう一軒のスタバとは雰囲気がまるで違う)へ入ったところ、満席で、「ちぇっ、これだからメジャーは」と、別の、庭のないセルフ式カフェへと向かったのでした。その店は席には充分余裕があり、わたしはやはり、こちらだわぁ・・と思った次第です。
もうすぐ、いろはにほ4コマ日記をはじめて1年になります。具体的な日は覚えていないのですが・・たぶん、そろそろ。
ドラえもんの一巻で、ドラえもんの顔、身体がやけにぽってりしているように、スヌーピーでも初期の頃は別の犬みたいだったように、漫画っていうのは途中でキャラが安定してゆくものだと思うんですが、はにほさんの場合、顔や体型が、いまだに太ったり細くなったりして定まらないですねぇ。
さて、日経BP・Tech-On!にて連載中の「山田君よ聞きたまえ」も、来月で半年を迎えます。おじさんと山田君の会社は何を扱っているのか、おじさんの名字は・・など、質問をもらったりもしますが、引き続き描いてゆくうちにわたしにも分かるかもしれません。よかったら、また覗いてください。http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071001/139911/?P=3
変わろうとしなくても、日常というのは予告なしに途切れてしまうことがあるものですね。病気や死、経済的事情だったり人間関係の変化など、いろいろ。わたしは自分の周辺環境が変わる気配に戸惑うので、とはいえ周囲の変化は止められないので、だったらいっそ自分も積極的に変化しよう・・と考えるフシがあります。引越しも、仕事の新規開拓もその一環のつもりなのですが、そうやって変化しながらも、やっぱり喫茶店に行ったり図書館に通ったり、ぼやーっとするひとときはなんだかんだで変わらないような・・。4コマも、このまま低めのテンションでゆるゆると続けたいものです。
先日、映画を鑑賞中、後ろから背もたれをコツン、ガン、ドン、と蹴られ続けました。時々めりめり・・と貧乏ゆすりのような振動も。
どうも、蹴っているというより足を組み替えているだけで、本人は気付いていない様子。途中、席移動も頭をよぎったものの、黙ってわたしが立ち上がったところで後ろのひとはなにも知らないわけで。「蹴らないで」のひと言が口に出来ればよかったのですが、なかなかねぇ。
そのときのわたし、「不快」をアピールすべく、首を捻ったり座りなおしたり、わざとらしくため息をついてみたり。直接抗議できない分、挙動不審になって、後ろの人よりよほど、はた迷惑だったかも・・です。
普段わたしは会うひとによって「おとなしい」「明るい」「気が強い」「面白い」「感じ悪い」などとバラバラな印象を持たれていると思うのですが、映画鑑賞中の「挙動不審」こそ、もっともわたしという人間を表しているモメントだったかもしれません。
観ていたのは、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の『モレク神』という、ヒトラーが愛人のエヴァらと山荘で過ごす数日を描いた作品。あまりにも有名な人物をモチーフにしているのに、その中身は、座席でわたしが背中を蹴られて悶々としていた姿を、そのまま画面の中に映し出したようなものでした。
たとえばヒトラーは執拗につきまとうハエを払おうとするもなかなか離れずヘトヘトで、彼の腹心は自分のジョークで固まった空気に焦って目を泳がせ、記録係は自分の食事があるのかないのか気にしていて・・・端役に至るまで、画面の中のほとんどすべての人物の「数秒後には忘れそうな所作」や気まずい「間」をとらえているのです。およそこの世のものとは思えない山荘が舞台なのに、妙に既視感のある情景で、ささいなやり取り、ささいな仕草の集積に共感するからこそ、描かれていない部分にゾッとする映画でした。
1月30日の4コマのコメント欄に「オマケといえば・・」と書いた「食パンプレゼントの謎」、どうやらあちこちで最近行われている商法なんですね。でも、食パン目当てで集まった年配のお客さんたちがその商売の場所(スタッフとの会話など)をそれなりに楽しんで過ごしているんなら、それはそれで・・てな感じもしますが。
さて、ここ数日、新幹線と私鉄を乗り継いで数時間・・の町にある百貨店で販売員をやってきました。フリーで仕事をしていると融通がきく(と思われている)ので、時々このような代打を頼まれますが、このわたし、なんの役にも立たないかと思いきや、京都弁を話し、京都の観光地の話をするだけでお客様には喜んでもらえるのです。なにせ物産展ですから。
ただ、わたしはおそろしく数字に弱いので、消費税の計算や、細々とバラバラの値段の商品をまとめて買われる方(そんな人に限ってとても急いでいたりする)の合計を出すのにもたついて、また、売上伝票に1万円が何枚、五千円が何枚・・と書き込むのも度々失敗。いやぁ、学生時代、黒板の前に立たされて真っ白な頭で計算問題を解くような、変な汗を何度もかきました。外へ出て働くと自分の社会人度の低さが分かります。
それにしても、年配の方はお金をもってらっしゃいますねぇ。そして、女は何歳になっても乙女。ちょこまかとした雑貨やかわいいものがお好きなようです。わたしの場合、話の糸口はお客さんの私物(小銭入れや鞄)など、目についたものを「いいですねぇ、素敵」と触れるところからで、だいたいそこから「あ、これはね・・」と持ち物にまつわるストーリーを教えてもらえたりして、話がはずみます。ただ、会話の量と購入金額は反比例するようなので、話が盛り上がったからどうということもなく・・。まぁ、食パン商法も、しゃべるだけしゃべって帰ってくるようなしたたかなお客さんが多いならば、頼もしいんですけどね。
机の周りの整理をしていると、とにかくたくさんの紙切れが出てきます。
仕事柄、お菓子の包装紙やシール、靴下のヘッダーなどもデザインの参考にとっておいたりするので、一見ゴミ、または資源ゴミ行きのものも気軽に捨てられず、とはいえ、整理して必要なときに取り出せないのなら、それはやはりゴミになるわけで・・・
で、分別整理しようと確認していると、旅館でもらったらしき新聞のテレビ欄(コピー)の裏に、走り書きで「不条理な怒られ方をする(チョットだけ先パイに)→”反発”より”ふぅん”という気持ち」とありました。自分の字です。
これを書いた当時、バイト先でもやもやすることがあって、結構凹んだりふてくされたりしていたのでしょう。リアルタイムのものか、少し時間が経ってから思い出して淡々と書いたのか覚えていませんが、自分で書いただけに、「おー、よく感情的にならずに乗り切ったなぁ、大人ぁ」と思います。
結構、えーこと言うわぁ、自分。
と、調子に乗って次々に出てくる紙切れを眺めているとですね、「ガンダムとカニシャボが共存するテレビの上」とかいう、意味不明のメモ書きが出てきました。
ガンダムの手足とカニシャボの「関節」のあたりが似ていたということなのか、異質な物が並んでいて面白いということなのか、自分が分かりません・・・
うーん、過去メモ、今より年下の自分ですが、経験でいうと人生の先輩っすね。
スーパーに期間限定で出店していた製麺所の蕎麦(めん・つゆ)セットを買おうとしたところ、683円也。財布には千円札がなく、1万円札を指に挟んだままがま口を開けていると「あー・・」という、店員さんのため息混じりの声が聞こえました。
結局小銭入れには72円しかなく、「すいません、これで・・・」と謝りながら万札を差し出したわたしです。臨時で設置しているレジの中の釣銭(札)が不足すると困る事情は窺えるのですが、とはいえ、なんでわたしがそこまで申し訳なくなってんのだろう・・とも、ちょっと、0・3秒ほど鬱屈しました。
タクシーでも、バスに乗っても、券売機の一部でも、1万円というのは「使えない」存在になったりします。
モノと交換するためにはお札の中で最大の力を持っているはずなのに、時に使い手を困らせる1万円って、トランプのジョーカーみたいだなぁ。
でもまぁ、そういう逆転劇(というほどおおげさな話ではないですかね)があるからこそ、1円のよさもあり、5千円のよさもあるってことかな、と。わたしは500円玉が財布に入っているのを見つけるのが好きですが、人間としては、50円玉っぽい存在感でありたいと思います。50円玉の魅力は分かる人には分かると思うんですが、どうでしょう。
って、なんのこっちゃですが、今日も寒いです。