« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

日常はつづくつづく・・

6

|

日常はつづく・・・

5

|

日常。

4_2

|

は〜。

3この時期、腕を虫が這っている感覚がして「ひやっ」となるものの、見たら髪の毛が1本、腕に落ちただけだった・・というのをくり返します。半袖でむき出しにしている二の腕に髪の毛。その「はらり」と落ちる感じが虫っぽいんですがねぇ。で、「まぁた髪の毛か・・」とつまもうとした時に限って虫だったりもします。

|

ろくでもない・・

2_3

|

いつものように・・・

1_3 いろは4コマ9、はじめました。

ノートPCの不調、暑さからくる体調不良、飽きた、もうどうでもよくなっている、のいずれか(すべて)の理由により、更新が滞ったりもしますが、まぁ、どうにか9まできました。

次こそペン類を充実させたりカラーにしたりしてみよう、と思いつつ、はじめてみるとやはり同じようなテンションに・・・・

お体大切にお過ごしくださいませ。

|

泣きそうになった、胃をこわした。

Hani5_4ム−ミン全集を4日かけて読んで、巻を重ねるうちじわじわと押し寄せるものがあり、読み終わって古書店に送ってからも、ム−ミンワールドがほのほのと自分の中で続いています。どのくらい後を引いているかというと、早速アマゾンで同シリーズの文庫版(持っていたのは単行本)を買いなおそうかと探しているほど・・・。
過酷な環境での暮らしや突発的な自然現象など、想像以上に不穏な空気をはらんだ場面が多く、不安と混乱の中で話がすすんでいくのですが、奇妙な動物がいてもおばけが登場しても、一貫して嘘うそしさがありません。 ム−ミン一家に、日常的に退屈な時間や家族間でのすれ違い・理解されない苛立ちがあったり、気まずい客がたずねてきて会話がかみあわず息のつまる場面があったり・・・わたしの暮らす日常の、テレビの中のアナウンサーや通販番組の芝居がかったやり取りや現実の人付き合いでの「お約束の態度」のようなものを見慣れていると、童話の世界の方にリアリティがあって、奇妙なのは現実社会の嘘っぽいものたちの方なんだなぁと思えてしまうのでした。

子どもが読む本だからと、「誰とも仲良くしましょう」と押し付けるのではなく、というかむしろ、嫌いなタイプ(うじうじと暗い空気をまき散らす、わがまま、騒々しい、おせっかい、高慢、相手を値踏みして態度を変える、無気味、恐い・・など)が結構出てくる出てくる。で、いやなひとを「苦手かも・・」とお茶をにごすのではなく「嫌い」「うんざり」という態度を隠さないム−ミン谷の仲間たち。え、そんなもんなの?そんな風にふるまっていいの?とこちらがうろたえるほど、嘘がない。でも、嫌いな相手を敬遠はしても、いざというときに決して見捨てはしない、どういう形にせよ関わってみるんです。すると、ム−ミンたちにそうするつもりはなくても、嫌だった状態が好転してゆく。嫌だったひとが、そんなに嫌なばっかりじゃなくちょっとチャーミングになるんです。
解説によるとム−ミンシリーズに共通して書かれているのは、人生で大切なのは「好きなことを自分で見つけること」と、「なんでも自分で乗りこえること」。だから、他者が自分をどう思おう(嫌われていても侮辱されていても評価されなくても)が、それ自体は大した問題ではないようです。現にスナフキンは、誰からも好かれるからこそ、うっとおしくつきまとわれて質問ぜめにあったり頼られたり、嫉妬されたり結構面倒な思いをしているようですし。そういえば、『ライ麦畑でつかまえて』でも孤立する主人公が妹に、あるいは妹から兄に「今、こうしてふたりで話しているような時間が好き」というようなことを口にしていたような記憶があります。

一番強い印象を受けて打ちのめされたのは全集の中でも異色な『ム−ミンパパ海へ行く』。偶然なのか胃痛が起こったのはこれを読んでいる頃で、つまりそれほどの不快と恐怖、混乱に満ちた1冊なんですが、後半部分と読後の感動がたまらないです。あと短編集の『ム−ミン谷の仲間たち』も、孤独と自由について、そして自分にかせられた義務について、思いがめぐる1冊。でもこれ、すべて読んだからこのニ作を気に入ったのかも。う〜ん、こんなトシまで読まずに来て、いまさら「ム−ミンっていいですよね」と盛り上がるのもどうかと思うんですが、でも、今読んでも決して遅くなかったです。*イラストと関係ない話ですみません。

|

モノに星をつける。

Hani4_2『ムーミン谷の彗星』を久しぶりに読んで、スナフキンの柔軟でいさぎよい生き方に感心しました。宝石のガーネットが落ちていても持ち帰ろうとせず、「なんでも自分のものにしてもちかえろうとするとむずかしいものなんだよ。ぼくは見るだけにしているんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中にしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんを持ち歩くよりもずっとたのしいね」と言うし、売店でズボンを買おうと試着してみたときも、おびえたように断念するのです、「持ち物をふやすというのは、ほんとうにおそろしいことですね」と・・・。

ムーミン全集を読みかえしているのは、近々古書店に引き取ってもらうため。他にも、十年以上前から洋書店で買い集めてきた絵本やビジュアルブックもいくつか売ることにしました。身の回りの書類を整理していて、棚の奥や押入れのダンボールの中に眠っている本たちに気づいたのです。すべて気に入っていて、よい本ばかりなのに、でも実際には日々の暮らしの中で、何年も忘れていたのでした。仕事でイメージを求めて開く本はいつもだいたい同じで、そういう本はボロボロになっているんですが、自分にとってほんとうに大切なように思える本ほど、ほとんど触っていないのでした。ムーミン童話だって、実のところ、ムーミン谷の彗星ばかり繰り返し読んで、結局全集のうちの2巻くらいまでしか読んでいなかったし・・・。今、手放すと決めてはじめてちゃんと読んでいます。これらのジャンルを専門に扱う古書店さんに預けたら、どの本も必要とするひとにきっと届くでしょう。そう思って読み始めたら、スナフキンが上記のようなことを話していたのでした。そしてまたいつか古書店で手放した本と同じものたちに出会ったら、わたしは「いいなぁ欲しいなぁ」と思うはず。でも、自分が持っていたら、しまいこんでしまって、本当の意味で自分のものにならない。

ちなみに、彗星衝突の日、ムーミンたちは、洞窟に避難するとき、それぞれの持ち物を「なくしてもくらせる・・☆」「ただ好きなだけ・・☆☆」「好きでたまらない・・・☆☆☆」に分けることになるんですが、スナフキンの☆三つはハーモニカだけでした。それ以来考えているんですが・・・わたしにとっての☆三つはなんだろうな、と・・・

|

文房具店でぶらぶら。

Imgp0039なにかとさえない気分の休日によく、ユザワヤの文具・画材フロアへ行きます。ペンや消しゴム、修正テープ、付箋、シール、収納ファイルなどのコーナーでうろうろ・・・いろんな機能の商品があって、よくもまぁ、こんなの思いつくなぁ・・と驚きつつ、ほのぼのします。

で、先日買ったのが、「日々の暮らしの書類や趣味用品の整理整頓」用に作られたGakkenのDia-file(1300円)。クリアポケットが大中に仕切られており、カードやチケットをはさめる切れ込みもあります。バインダー式で市販の2穴クリアポケットやノートを足すことも可能。100円ショップにもクリアファイルはあるけれど、近ごろのは表紙も中身も素材が薄くなっていて中身を出し入れするたびにシワが寄って頼りないので・・値段は高くとも保管用ならこのどっしり感が安心です。

このファイルを使って、「いざという時」のための準備をはじめました。財布をなくしたときや急な入院、自分で自分情報を忘れたときにも、そして万一の場合にも備えて・・・。共済や保険の書類、年金関連、電話やネット、クレジット関係、おくすり手帳の他、主要連絡先や万一のための遺影用の写真も入れてみたいと思います(5年ごとくらいで変えないといけませんが)。もともとおしゃれな表紙デザインだったのですが、家族などが探すときにも見つけやすいように、自家製はにほ柄のシートに入れ替えておきました。

しかし・・・自分に必要な情報って、案外わずかなもんですね。まだポケットは半分以上残っています。

|

ん~、なんとかなるかも。

49 母の話はいつも4割5割増しが当たり前。「お兄ちゃん夫婦がぜひ遊びに来て泊ってほしい~って」と何度も言うので訪ねてみたら「なんかうちに泊まりたいとkumが言ってるっておふくろから聞いたけど、泊るんやったらいつでも泊ってええよ」というニュアンスだったり・・・

先日も、「取引先のひとが、kumちゃんにぜひ会ってみたい、作品をみたいし、何かお願いできそうならぜひと言ってはるよ。どうしても会いたいらしいから、悪いけど新幹線で何日の何時に作品ファイルを持ってきて会ってあげて」との母経由情報につられてホテルのラウンジまで出かけてみると、「あ・・・ああ、今日はなんだかわざわざ来ていただいたようで。とくに何かお話があるというわけでもないんですが、まぁ今後なにかあるようでしたら」と、気まずく名刺交換したのみ・・・・夜なべして作成した作品ファイルは最後までバッグの中・・・

世間の誰もわたしのことを噂していないのに、母の手にかかると、「○○さんがkumちゃん元気かな~」って言ってたり「kumちゃんとまたぜひ会いたいって」と懇願されたりする「設定」になってしまう・・・母マジックですね。そんな母にだんだん似てくる自分がこわい。

しかしそんな母が時々くれるメールや手紙の文面が、結構「泣ける」内容だったりして、母の不在時に実家に行って「夏物パジャマ」とか「大切にしたい思い出」とかいう収納ケースに貼られた手描きの札にうるっと来たり。「4割増し母」と「感動の母」キャラ、ふたつの顔を持つ女・・・クラスメイトだったら友だちにならないタイプですが、母という設定で関っているのでまぁ、面白いひとがいるなと思うことにして。まぁ、いずれにせよ、わたしとは違って友達も多くてアクティブだし、笑顔がかわいくてけなげ。なんか思い出の中ではいつもキラキラ。得なひとだなぁ・・・

ずいぶん更新ペースが乱れてきたんですが、これでいろは4コマ⑧が終わりました。

|

スイッチ・・・オン・・・

48 再々のピンチ、「画面がもわもわとモアレになって、最後に黒くなって(いつも同じ部分だけが白く残る)どのキーを押してもうんともすんとも言わなくなる状態」で、ひと晩と午前中使用不可能だったパソコン。最後の手段、リカバリーに踏み切ったもののそれすら作動せず・・・いつも以上に反応が悪い(いいも悪いも、無反応なのですが)ため、さすがに今回こそはダメかとあきらめていたんですが・・・

さきほど、9~10度目の起動挑戦でうまく作動し、システムの復元もできました。またそのうち画面が暗闇に陥るでしょうが、「時間を置いて頑張ればなんとかなる」という度重なる経験が、新たなノートパソコンを買わねば・・という気持ちの芽を引っこ抜いていきます。

これも再々書いたかもしれませんが、子どもの頃から使っているスヌーピーのタオルケット、数箇所穴があいて、全体的に生地が薄くなっているんですが、昨日突発的にやってきた腰痛で横になるときに、折りたたんで腿の間にはさみ、クッションの代役を立派につとめたのでした。こうなるともう、墓場まで、てな気分です。

このノートパソコンも、数々の苦楽をともにしたせいか、爆弾を抱えている状態なれど見捨てることはできません。壊れてもお盆として使うなり、画面に鏡を貼り付けて鏡台にするなり、定年後の処遇もおいおい考えねば。

はにほさんとの付き合いも5年目。しかし、わたしの身の回りの靴や服、ストーブなどの年季の入り具合に比べれば、まだまだ・・・

さて、あと「ん」を描いて、いろは4コマの⑧も終わりです。

|

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »