をー。
このところ、食品偽装などで責任者の会見が行われるたびに、「見苦しい言い逃れ」だとか「社員への責任転嫁」などの言葉を耳にするのですが、わたし、どうも平静で見られないのです。わたしという人間は、いざとなったらあのような態度をとるのではないか、と思ってしまって・・。この間、知人が職場の面接で「今までの職場で、最大のミス、またはピンチにどのようなものがあったか、そしてその時どのように対処をしたか」ときかれ、「手配したスタッフが無断で休み現場に穴をあけた時、自分が先方へ出向いてただただ謝罪した」と答えたそうです。わたしはどうだろうかと振り返ると、言い訳や誤魔化し、泣く、辞める、ひとのせいにして愚痴る、というような「せこい」姿が容易に浮かんでぞぞっとするのです。こんな自分、いやだと嘆いたところで、ひとはそう変われるものでもないと思うので、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男のように、ずるくてもどこか愛嬌のある人間になってゆきたいものです。
さて、今日の4コマ。数日前の、「理解してるようなしてないような」の記事にいただいたコメントに返事を書いたところ、さらにコメントをいただいたりしているうちに思いついたことを描きました。どうも。
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コメント
私は「すみません。」が口癖になるほど、さまざまな仕事で謝ることに慣れすぎてしまいました。お陰で謝っていてもちっとも心がこもっていないとよく言われます。こんな私もせこい人間です。せこくてずるいくていいと思いますよ。
投稿 | 2008年6月27日 (金) 18時01分
世渡りのうまさと言うか、あのたくましさ!
自分がなれるかは別にして、ねずみ男には感心させられる点が多々あります。
それにしても鬼太郎ふくめ、妖怪横町の皆は寛容ですね。
投稿 | 2008年6月27日 (金) 23時18分
ねずみ男があんなにひどいことを繰り返しても、それでも最低最悪な存在にならないのは、鬼太郎が何度だまされても最後は受け入れるからなのかなと。わたしも、よほど堕落してひどい人間になったとしても、鬼太郎みたいな存在がひとりでもいたら、なんか大丈夫な気がするんですよね。
せこくてずるくてダメダメでも嫌われても、芝居がかった態度でタテマエを並べるようなことはしないでおこう、というのが30代女の現在の目標です。
投稿 kum | 2008年6月28日 (土) 00時23分