寺の境内で、下校途中の女子児童二人とすれ違いざま、吊りスカートのおかっぱの少女が、隣の子に何事かを話しているところでした。
「お前、俺のこと・・」おそらく同級生の男子に言われたことを、声真似していたのでしょう。
〈俺のこと・・・〉の後といえば、「好きなくせに・・」とかなんだろうなぁ、微笑ましい話じゃないですか、一応聞き届けましょ、と歩みを緩めると、
「俺のこと、恥かかせやがって、だって・・・」と続いたのでした。ランドセルの少女ふたりは思いがけずシリアスな話をしていたのかもしれません。一瞬なのでそれ以上は聞こえませんでしたが、小学生って結構大変なんだな、と。でも、そういやそうだったな、と。
思えば小学校というのは恥をかく場所でした。1・学級新聞で「横浜の東京にあるディズニーランド」と書いてクラスの秀才にあざ笑われた、2.国語の教科書を音読するとき標準語風に読んでいるのに関西のイントネーションがひょこっと出ていつも変だった、3・修学旅行先で餅をつくことになり、〈ひとり3回杵を振り下ろすこと〉という説明をよく聞いておらず、わたしだけ4回ついてしまった・・・・などでしょうか。本人が思うほどは、他の人は覚えていないのでしょうが・・・。
このように書きながら、ものすごい恥ずかしいことを思い出しました。わたし、小学校の中学年くらいまで勉強をまったくしなくて、テストのときは隣の男子の答えをチラ見して写していたのです。その男子は育ちがよいのか優しいのか、文句も言わず告発もせず、そればかりか「気付かないフリ」をしてくれていたため、一度も罪はとがめられないまま、今日に至るわけですが、一度だけ、彼が答えを手で隠したことがあったんです。もしかして答えに自信がなかったのかもしれないし、いい加減腹が立って行動に出たのかもしれませんが、その時ようやく、「今、自分はあさましいことをしているんだな」と認識しました(もっと早くに気づけよって感じなのですが)。そんなわたしが、高学年以降、学級委員などをやり出して、急に優等生サイドに属する態度をとるようになったわけで、当時、テストでいい点を取ったり美術で賞をもらったりして「ツン」とすましていたであろう自分を思いだすと、あの時も彼はカンニング女子という本性をお見通しだったんだろうなぁ、と、そっちの方が急に恥ずかしいのです。
恥をかく、というのは、自分が自分を等身大以上に見せようとしているときにこそ、味わう感覚だったんですねぇ。万が一、彼、伊藤君本人と再会したら、今でもわたしは笑い話には出来ないでしょう。でも、自分の原点はずるっこいカンニング女子だということをふまえて、恥とはなんぞや、と考えながら生きたいと思います(って今日まで忘れていたんですけど・・)。
この4コマの続きは、また後日、飛び石的に掲載します。
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