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¥の話。

34 連休中から銀行関係を先延ばしにしているうちに、財布のお札が0枚、あとは小銭だけに。たしか貯金箱に500円玉があったよなぁと小学生のように思い出しつつ迎えた金曜日。

締め切り前なので、夜まで通しで仕事をして、世間での夕食時に気分転換に外へ。二つ折り財布の小銭と、がま口の中の小銭だけど、ミスドのドーナツくらいは食べられるかな、と財布のポイントカードを取ろうとしたら、レシート類や割引券の間に、二つ折りの野口英世さんを発見。ええっ、なんてラッキーなのでしょう。

そこから気が大きくなって、翌朝はモーニングを食べに行き、夕方にはベックスコーヒーであんぱんを食べ、コンビニでスポーツドリンクやカップ麺、菓子類を買い、「もう残りは数百円だろう」「そろそろやばいだろう」「今日は銀行で引き出せないし困ったな」と、こわごわのぞくと・・・・財布には野口さんがまだ手付かずで入っているのです。あれ?いろいろ買い物したりお茶飲んだりして、気持ち的にはとっくに使ったはずなのに・・・

ポケットの中のビスケットがたたいたら倍になっていくというあの唄のようです。使ったはずになっても翌日にはまだそこにある野口さん。

そうして数日が経過して、本日、その野口さんをついに、あれから3度目のミスドで本当に使い、残りの数百円で夕飯の食材を買いました。それでも残金500円強・・・

たぶん、誰かと割り勘にしたときに返してもらったか、払うつもりでレジで出したもの「出すからいいわよ」と返されたかした千円札だと思うのですが・・・いずれにしろ、へそくりっていいもんだなぁと痛感。というより・・・いったい金曜の時点で、小銭の総額がいくらだったのか、謎です。

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コメント

 老人ホームの介護人が言ってたけど、「お金を盗まれた」は被害妄想で、「お金がなくなった」は認知症なんだって。故に「お金の心配は一生もの」と結論付けてた。
 別の会社経営者が、「二十代は数万円」で悩み、「三十代は数十万」、四十代は一千万近く」、「五十になったら数千万」の金策に追われると言ってた。この人はそのうち億で悩むようになるのだろうか。
 自分は「数千円」、多くても「数万円」が、大金と思い続けたい。

投稿 | 2007年8月22日 (水) 03時02分

お金もトイレットペーパーも、残り少なくなると、使い方を真剣に考えてしまいます。
文章、4コマとも、妙に納得してしまいました。

投稿 | 2007年8月22日 (水) 05時54分

そうか、たしかにマンガも文章も、今回「なくなりかけの使い方」の話でしたね。

わたしの身近な大金は2万円。意味もなく、いつも2万円単位で銀行から引き出します。そしてだらだらと使ってしまい、最後、2千円くらいからかなりリアルな額として大切に使います。バブル時代を生きたせいでしょうか、現実から目を背けた、かなり「きりぎりす」的なお財布感覚のときがあり、自分でもこわいです。

投稿 kum | 2007年8月22日 (水) 16時44分

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